第8話 召還直後の帝城/帝都防御戦

<皇女マクリーニャ視点>


 対魔王連合で最強を自負し証明してきたウフプリィア帝国。魔王領とも広く国境を接し、幾百年以上の長き時を、勇者が存命の間も、そうでない間も、戦線を支え連合を維持してきた主要国の中心、帝都が陥落しようとしていた。


 三重の外壁はあちこちが破られ、帝城を守護してきた最終結界まで破られ、城内にまで魔物の軍勢の進入を許してしまった。

 本来は皇帝の側を離れない最強の近衛騎士団まで前線に投入しても、じわじわと戦いの喧噪が城の最奥に近づいてきていた。頑強な帝城が何度も揺るぎ、天井や壁に亀裂が走り始めていた。


 私、皇帝の娘の一人であるマクリーニャは、女神ミーリアの巫女として、王座の間の背後の隠し部屋の床に描かれた召還陣で、祈りを捧げ続けていた。


「いと貴き、慈悲深き女神ミーリアよ、何卒我が願いを叶え賜え!この危機を覆す勇者を今ここに遣わし給え!我が身命を捧げてお願い奉らん!」


 帝都の攻防が始まってからはや一週間。断食し水も最低限口に含まされるのを除けば、何も口にしていなかった。

 気を失って倒れる度に、付き人であり近衛騎士でもあるラーシアが介抱してくれた。

 姉の一人であり、勇者の末裔の一人でもあり、帝国最後の盾であり矛でもあるマーシャ姉様は剣を床に突き刺したまま、玉座の間との隠し扉の前でずっと立ち続けていた。

 私が気を失い、しばらくの間気絶するように短時間休んでまた目を覚ます度に、振り返り、私を励ましてくれていたが、もうこちらを振り返ろうともしない。

 いつ何時あの壁の向こうで最終防衛線を張っている父様や兄様達が倒れてもおかしくないと、張りつめた緊張感が私にも伝わってきていた。

 焦りだけが募り続けるものの、床に描かれた勇者召還陣からの反応は無いままだった。


「女神よ、どうか、お応え下さいませ!どうか!」


 声も枯れよと、もう何度目かわからない叫びを上げた。だが、応えてくれたのは女神ではなく、魔物達だった。

 悪魔。そうとしか表現できない5メレの巨躯に見合った翼と四本の腕、赤黒い炎を吐息の様に吐き出すおぞましい顔。その虚ろな眼窩は暗い喜びで満ちていた。たった今ほふったばかりなのだろう誰かのばらばら死体を嬉しそうに振り回し、内蔵がまろび出て、マーシャ姉様や私の方にまでまだ温かな血が降りかかってきた。


 すうっ、と全身が恐怖で凍えた。ああ、ここで死ぬんだなと。

 しかし、マーシャ姉様は違った、投げつけられた父様の生首を剣で弾き飛ばすと、恐怖に固まった私を背中越しに叱咤してきた。


「臆するな、マクリーニャ。最後のその瞬間まであきらめるな。お前が私達の最後の希望だ!」


 姉様の持つ呪われし聖剣が、青白く輝いた。自分の命を捧げた分だけ強力になるけれども、失われた命はどうやっても補填できないとされ、自らの命を断って敵の命を断つ諸刃の剣だった。

 ずっと充填していたのか、マーシャ姉様は無言で聖剣を横薙ぎに振るった。放たれた光の奔流は、王座の間の壁を破壊し、その向こう側に充満していたのだろう魔物達を倒し城の外へと抜けていった。悪魔達は天井をぶち抜いて上空からこちらを見下ろしていた。にたにたと笑いながら、頭上に破滅の光を蓄えていた。おそらくこの帝城ごと消し飛ばすのに一つで十分なのが、三つも。そして見てる間にも暗い光は膨れ上がり続けていた。


「祈り、続けろ」


 命のほぼ全てを捧げたであろうマーシャ姉様が床に倒れた。

 私は絶望を満たす光を見上げながら、つぶやいた。


 神様でも、誰でもいい。助けて、と。

 私の心が折れたのを見て満足したのか、悪魔達は両手に掲げ持っていた黒い光の玉を投げ下ろした。


 ああ、終わりだ。神は私達をお見捨てになられたのだ。もう枯れ果てたと思っていた涙がまた頬を流れ落ち、目の前が真っ暗闇に染まったと思った瞬間。足下の召還陣が光を放ち、ものすごくごつごつした白銀の鎧を纏った巨躯の騎士が現れていた。身の丈はおよそ3メレ近くはありそうだった。

 騎士がその左手に持ったやはり巨大な盾を上にかざすと、眼前に迫っていた破滅の光が吸い込まれるように消えてしまった。


「良かった。ぶっつけ本番だけど、うまくいったか」


 あなたは、勇者なのですか、という問いかけは、かすれた喉のせいで声にはならなかった。

 勇者様だ。そう信じよう。私は勝手に決めた。

 彼の盾は四枚の長細い板となって宙に浮かび、その中心から延びた黒い鉄か何かの先に稲光が生じたかと思うと、上空の悪魔達の体が弾け飛び始めた。


「ファンネルも、レイルガンも動作正常と。ダメージもしっかり入ってるみたいだな」


 上空にいた悪魔の一体が消滅させられると、残り二体が勇者様の前後に出現して同時に攻撃してきた。


「危ない!」

 とかすれた声で注意したが、無用だった。

 白銀の美しい体と二本の直剣を持つ戦士が背後に現れた悪魔との間に出現。悪魔を上下左右に分断すると、そのまま数十数百の肉片へと細切れにして、光の粒子に変えて消滅させた。


 もう一体。正面に出現した悪魔は四本の腕で勇者様の両腕両足を掴み、その大きな口で頭を飲み込み、そのまま食いちぎろうとした。

 がきんと鋭い牙が打ち鳴らされて、私は絶叫していた。

 やっと現れてくれて、強大な敵を倒してくれた。そんな希望の象徴が、首から先を失って倒れる様を想像した。のだけれど、悪魔は、ずらりと揃った鋭い牙で何度も勇者様に噛みついていたものの、その牙の先が無残にこぼれ欠け落ちていた。


「防御力テストも、とりあえず大丈夫そうだな。それじゃお前は用済みだ」

 背中を向けてたので後ろからはわからなかったけれど、がしゃがしゃと勇者様の鎧から音がしたと思ったら、ドガガンと炸裂音が響き、悪魔の胴体が消し飛び、驚いた表情を浮かべた悪魔の頭部も腕も足も光の粒子になって消えていった。


「勇者、様?ありがとう、ございます・・・!」

 かすれた声で何度目かでようやく発せたけど、勇者様も、白銀の女体の戦士も、上空を見上げていた。私も上を振り仰ぐと、さっきの悪魔達が放とうとしていたのよりも何倍もの禍々しい力が、いつの間にか上空に展開されていた結界によって防がれていた。


「ま、お約束だよな。目の前の強力な敵を倒して一安心てところを狙うとか。そして、遠距離攻撃が防がれて駄目だったら、大質量の何かを落として終わりにしようとかな。だがしかしその手は読めてるんだよ。人類の想像力なめんなよ?」


 勇者様は右手につかんでいた巨大すぎる棍棒というか鉄塊のような武器を振るうと、それはさらに長大な何かに姿を変えた。


「さて、初陣だ。ポジ○ロン・ライフルでも、ブ○ック・バレルでもない、ターミネーター抹殺銃。使うのは、分解弾でいいか。大質量な敵にこそ効くだろ」


 勇者様は、長細い筒の様な武器から、何かを打ち出した。目にも止まらない速度で発射された何かは、遙か上空からだんだんと迫ってきていた巨大な何かに命中。それはおそらく広大な帝都を一撃で更地どころか大穴にまで姿を変えさせられるだけの何かだった。

 瞬きする間にも迫り落ちてくるそれは、しかし勇者様の放った何かに中心部を穿たれ、そこから外側に向けて急速に光に包まれ姿を削られていっていた。


 やがて空いっぱい帝都を覆うぐらいの光の雲となったそれは、光の粒子となって都全体に降り注いで消えた。


「やれやれ、これでやっとこちらのターンかな。陽奈、ここを頼む。ファンネル、そこの巫女さん?と召還陣とかをまとめて結界で保護。浮遊城は上空から魔物の群を掃討。一匹も逃すな」


 白銀の双剣騎士は不服そうで、自分もついていくと身振りで抗議していたが、却下されて、悔しそうに地団駄踏んでいた。


 勇者様は、床に倒れたままだったマーシャ姉様に気付くと、その体に触れ、白銀の光で包み込んだ。そのままだったら死に至っていた筈の姉様の全身に生気が戻ってきているのが感じられた。


「陽奈、この人もそっちでファンネルの結界で保護しておいて」


 白銀の騎士はイヤそうに姉様の体を抱き上げると、無造作に運んで、私の傍らに下ろした。乱暴ではなかったけれど、丁寧にでもなかった。

 私は抗議したかったけれど、今はそんな時でもない。相手は私達を救ってくれた側なのだから。


「う、うぅん・・・」

 下ろされた時の痛みのお陰か、姉様が意識を取り戻した。

「姉様!大丈夫ですか!?」

「・・・私は、生きているのか?それに、悪魔達もいなくなっているのは、もしかして」

「そうです!最後の瞬間に、勇者様が現れてくれて、助けて頂きました!」


 起こった全ての事を一息に話せるとは思えなかった。声も体力も限界だったし。私は付き人から水を含ませてもらって喉を少し潤し、王座の間にまた満ちてきた魔物の群に立ち向かう勇者様の姿を指さした。


 あの巨大な鉄塊や長細い筒の様な何かはどこかへ消えていて、その代わりに、細い六本の筒が円形に連なった何かを左右の腕に抱えていて、筒がブオオオオッと音を立てて回転し、その先から煙が吐き出される度に、筒のずっと先にいる魔物の群を肉片へと変えていた。


「あれが、勇者様、なのか?」

「ええ、たぶん、間違い無く」


 姉様はふらりと立ち上がると、じっと勇者様の戦いぶりを見つめた。どんないさおしにも語られた事のない圧倒的な姿だった。

 姉様が城の壁を崩した外、上空からは、やはり何かが帝都へと降り注ぎ、おそらくは敵の魔物を駆逐しているのだろうと想像できた。

 玉座の間の敵を壊滅させた勇者様はさらに先へと進み姿が見えなくなってしまった。白銀の騎士様は、私達さえいなければとうらみがましそうな視線を送ってきていた。用心深い勇者様の配慮のせいなので、頭を下げて謝意を示すしかなかった。


「あの、ヒナ、様というのですか、お名前は?」


 お前に教える必要があるのか?と睨まれた気がしたけど、お礼は伝えなければならない。


「私はウフプリィア帝国のマクリーニャ第四皇女。女神ミーリア様に仕える巫女であり、勇者様を召還する任に就いておりました。この度は勇者様ともども我らをお助け頂き、真にありがとうございました」

「私は第一皇女のマーシャだ。皇帝である父や、兄達も死んでしまった為、おそらく私が次の皇位を継ぐ事になるだろう。勇者殿、ヒナ殿には、全帝国民の代表として、感謝を捧げる。我々に用意できる限りの報酬で報いさせて頂きます」


 姉様が片膝をついて頭を下げたので、私も慌てて同じようにしたけど、ヒナさんは気にするなという仕草をして、私達に背を向けてしまった。勇者様が去っていった方をじっと見つめているので、彼の事が気になって仕方ないのだろう。


 姉様は姉様で、体のあちこちをねじったり回したりして、


「うむ、勇者様に注いで頂いた命の力のせいか、すこぶる調子が良い。ヒナ殿。城内の様子を一刻も早く確かめたい。この結界を解いて外に出してもらえないだろうか?」


 ヒナさんは、こちらを振り返ると首を左右に振り、また背中を向けてしまった。


「頼む。勇者殿がいかに強くとも、お一人では手が足りぬ場面とてあろう?今の私であれば、大抵の敵は倒せる筈だ。勇者様の手助けになれる者は一人でも多い方が良いだろう?」


 ヒナさんはまた振り返ると、やれやれといった具合に首を左右に振ると、姉様を指さし、玉座の間のほとんど台座しか残ってない玉座を指さし、その場でじっとしていろと言わんばかりに姉様の足下を指さした。

 何だろ。しゃべれないのかどうかはわからないけれど、とても表情豊かというか・・・、意志がダイレクトに伝わってくる。この私が我慢しているというのに、お前を行かせると思うか?思い上がるな、というニュアンスまで伝わってくるようで、はっ、と鼻で笑いながらまた背を向けられてしまった感まであった。


 誇り高い姉様も侮辱に感じたようで、さりとて勇者様の付き添いなりたぶん重要な人物である事は確かなので、結界の壁を叩きながら抗議し続けた。

 ヒナ様はしばらく無視し続けていたのだけど、やがて我慢の限界に達したのかどうか、私達の側にまでやってくると、結界の壁に外の様子が映し出された。

 一つは、城内を進む勇者様の視界、なのかな。見慣れた城内に満ちあふれる魔物達を、あの巨大な鉄塊を振るいながら次々に叩き潰していた。


「あれは、なんだ?3.5メレ以上はあるぞ?勇者様自身も巨体過ぎるが、あの重さの武器を片手でも振るえるとか、あり得ないだろうが!」


 ごもっともとしか思えなかったが、そんな勇者様だからこそ私達は助けられたのだ。

 左腕には、あの六本の筒が連なった武器を抱えていて、背を向けて逃げようとする魔物も逃がさずに倒していた。


 もう一つには、城内の別の場所で魔物を掃討する、不思議な人形の様な何かの姿を捉えていた。足の無いスカート付きの内側から何かを吹き出しつつ飛び回り、伸びる腕の指先から光線を発したりして魔物達を消滅させていた。

 別の場所では、緑色のとんがり帽子の様な飛び回る何かが、極細の光線を縦横無尽にどこからともなく放って、魔物を次々の光の柱に変えて消滅させていっていた。


 さらにもう一つには、上空から撃ち下ろされて肉片に変えられていっている魔物達の姿が映し出されていた。都民を襲う側だった魔物達が今や逃げまどい狩られる側で、都民を守っていた衛兵や冒険者達も呆然としていた。下手に手を出せば巻き添えを食らいそうなのは、誰の目にも明らかだったのだ。


「あれらが、全て、勇者様のお力だと・・・?」


 ヒナ様は自慢するように、ゆっくりとうなずいた。


「しかし、いくら何でも、今までの伝承に残る勇者様達とは違い過ぎる。今までの勇者様達は、こちらの世界にいらしてから段々と力をつけて魔王とその軍勢に立ち向かっていってたのに」


 ヒナさんは、ため息をつくような仕草をして、というか実際にため息をついてみせ、私達を睨みつけてから、警告してきた。


「彼は、彼自身の目的の為に、戦う。あなた達は何も手出しをしなくていい。むしろ、邪魔。彼に手を出そうとしたら、私が殺す。私が喋れる事を彼に伝えても、殺す。警告はした。二度目は、無い」


 警告を受けた姉様も私も、驚いていた。

 話せたのかと。人だったのかと。彼女はこの上無く美しい女体で、顔の造形も女神様もかくやというくらいに非の打ち所が無かったのだけど、勇者様に話しかけられても声では応えて無かったので、何か込み入った事情がありそうだった。


 姉様は、かちんと来たのか、それでも顔を伏せてしばし考えてから言葉を返した。


「心得ました。だがしかし、次期皇帝として、亡国の危機を救って頂いた御恩は返さねばなりません。求められない事はしないと約束しましょう。しかし求められた事は、いたしますので」


 あなたが、何と言おうと、という姉様の意志は言葉にせずとも伝わってきた。

 ヒナ様も一歩も引く気が無いのか、結界を挟んで両者はにらみ合ったりしたのだけど、私は姉様の背中に抱きついて、後ろに引き倒した。


「姉様。仲良くしないと、だめだよ。勇者様も、そんな事、望んでないと思うな」


 姉様も、そしてヒナ様も、それはそうかも知れないと、受け入れてくれたみたいだった。


「そうだったな、すまない。ヒナ殿。気付かせてくれてありがとうな、マクリーニャ」

「ううん。勇者様一人が突き抜けすぎてて、私達にしてあげられる事なんてほとんど無いのも事実だろうけど、仲違いするようなのは、喜ばれないと思うから」


 ヒナ様は、ぽりぽりと指先で頬をかいていたかと思うと、視線をそらしてしまった。ただ、聞こえるかどうかぎりぎりくらいの大きさで、すまない、という声が聞こえてきた気もした。


 そこからの待ち時間は、姉様や付き人と一緒に、大打撃を受けてしまった帝国をどう立て直すのかといった議論に費やされた。私は疲れすぎてて、危機が遠のいていった実感が強まってうとうとしていたけれども、姉様も怒らないでくれていた。


 やがて、城内のも帝都のも映像が消えると、勇者様が戻ってきて言った。


「お城や都に入り込んでた魔物も、帝都の外に陣を構えてた軍勢も、全滅させた。これからどうすればいいのか、作戦を立てようか」

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