第四話 ソウルメイト(ツインソウル)の行き詰まり
光陰は矢の如し・・・。
紬と出会って十年、紬との結婚生活はやがて五年、僕の教員生活は九年目で、紬は五年目を迎えていた。
六月のとある土曜の午後、久々に二人で映画を見に行った。
恋愛もののストーリーに、ファンタジーとコメディのエッセンスを加えたような内容の映画だったように記憶している。
そして確か、海辺の家の映画だった気がする。
映画自体は非常に面白かったし、観終わった後は、胸の辺りがじんわりと暖かかくなるような良い映画だった。クスッと笑える部分もあり、楽しい気分になった・・・はずだった。
映画の帰り、特に申し合わせることも無く、紬と僕の足は、喫茶『琥珀』に向かっていた。
店内の一番奥のテーブル席に向かい合って座った二人は、それぞれに注文したコーヒーに口を付けるでもなく、ただ黙ったまま、お互いの携帯電話をいじっているフリをしながら、ゆっくりと時間だけが流れていく。
どうやら紬から口を開くつもりは無いらしい。
そして、僕もそれは同じだった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
三十分・・・いや、一時間?
携帯電話の時計表示を確認すると、17:25。
二人がいつからこうやって黙っているのかが分からないので、今現在の時間を知ったところで、あまり意味は無かった。
それでも恐らくは一時間近くは経っていたのだと思う。
口も付けずにテーブルに置かれたままのコーヒーは、もうすっかり冷めてしまっているようだ。
僕は意を決するように、携帯電話の画面から視線を外し、その視線を紬に向けた。
当たり前のことだが、紬も同時に僕にその瞳を向けるので、お互いに見つめ合う状態になる。
「ねぇ、紬・・・僕たち・・・」
僕は僕が発した言葉を耳で聞きながら、同時に胸の中では『ねぇ、貴史さん・・・私たち・・・』、そう言う紬の声が聞こえていた。
実際の紬は、瞳を涙で潤ませ、喉まで出掛かった言葉を、必死に飲み込もうとしているようだった。
「いいんだよ、紬・・・。僕にも君にも分かってることなんだから、無理に言葉にしなくてもいいんだ・・・」
僕もそれ以上は言葉が見つからない。
それでも、紬と僕が思っていることを、紬の口から言わせたくはなかった。そんな僕にとっても彼女にとっても辛い言葉を、紬には言わせたくない・・・。
僕は心にも無いことを、自分にも言い聞かせるように言う。
「ねぇ、もう一度、あの時みたいに、もう一度さ、何か・・・何でもいいから、そう、何か、僕等のことを『証明』出来ることを、やってみないかい?」
そんなことは、ただの時間の引き延ばしに過ぎないことは分かっているのだ。
二人の結末は、恐らくもう既に決まっている。早いか遅いかだけの話だと思う。
それでも、悪足掻きだろうが何だろうが、今は足掻くしかない、そう思った。
小さく頷く紬の頬を、一筋の涙が伝った・・・。
最後に二人で喫茶『琥珀』を訪れてから半年後、部屋の荷物が半分ほどに減り、がらんとして何とも無機質な部屋のソファーで、僕は視線を何処に向けるでもなく、ただぼんやりとそこに佇んでいた。
紬の居なくなったこの部屋で、今この瞬間も、そしてこれから先も、何をどうしていいか分からない。そんな状況だった。
ただ唯一の救いは、何をどうすれば良いか分からなくても、あと一週間は学校の授業が残っていることだった。
週末はクリスマス・・・、そして冬期休暇を迎える・・・。それまでに、少しでも紬の居ない生活に慣れないと・・・。
気付けば、年も明け、受験シーズン最終盤の二月中旬を迎えていた。三年生の国語の教科担当だった僕は、受験生たちの練習問題と模試の採点、小論文の添削、そして個々との面談と、毎日が目が回るほどの忙しさだった。
いや、敢て自ら忙しくしていたのかもしれない。昨年よりも明らかに採点や面談に力が入り、それなりに時間も割いていた。それは自分でも認識してはいたのだ・・・。
新学期、GWもあっという間に過ぎ去り、そして梅雨のシーズンもそろそろ来週には開ける頃だった。
梅雨が明けると、そのまま学校は夏季休暇に入る。
勿論、教員の僕等は交代ではあるけれど、各々十日間の長期連休以外は、学校に詰めていなければならない。
酷く暑い夏になりそうな気がする・・・。
紬に会いたい・・・。
夏季休暇は、敢て後半のお盆明けに連休を取得し、一人、沖縄へ旅行に行った。
一人きりの旅は、やはりそんなに楽しいものではなかった。だからといって酷くつまらない訳でもなかったのだが、それでもやはり何かが足りない。
紬との新婚旅行も沖縄だった。
辛くなるのは分かってはいても、僕は敢て、あの時紬と泊まったホテルに宿泊したし、観光地巡りも同じ場所に足を向かわせた。
足りない『何か』は、僕の片割れの紬。そんなことは分かっている・・・。
紬と別れてちょうど一年になる十二月に、僕は冬のボーナスのほぼ全額を使って、引越しと新しい携帯電話の購入を行った。
どちらも限界だった。
紬との思い出の詰まったこの部屋でこれ以上独りで生活することも、それから紬の連絡先が登録された携帯電話を持ち続けることも。
一年間、紬からは一度だって電話もメールも無い。勿論、僕から連絡することも無かったが、僕はいつだって紬に会いたかったし、声が聴きたかった。
僕はこの一年の間に、何度も携帯電話の電話帳を開いては閉じていたのだが、もうその行為にも疲れていたのだと思う。
新規で購入した携帯電話は、何もデータ移行せず、
ハッキリと何をどう思ってそんな事をしたのかは、後になって自分でも思い出せないのだが、その時はその時で、きっと思うところがあったのだろう。
それでも、紬に会いたい・・・。
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