第二話 ソウルメイト(ツインソウル)の証明

翌日の喫茶店での話はこんな感じだった。




・『ソウルメイトの証明』といっても、それを学術的に証明する訳ではなく、飽くまでも我々二人が納得できる答えを探すということ。




・現在の二人の関係は、飽くまでも教育実習生とその生徒の女子高校生であって、少なくとも紬が高校を卒業するまでは、それ以上の関係にならないこと。




・どうせお互いに思っていることは筒抜けなのだから、相手に変に気を遣わないこと。




・僕の教育実習が終わった後、何かあった時は、電話や直接会うことは避け、極力SMSかメールでのやり取り、若しくは時間は懸かっても郵便での手紙で済ませること。




・お互いのどちらか一方でもこのことに疑問を感じて、それ以上続けることを拒否した場合は、速やかにこの関係を解消すること。




・それから、このことはどんなに仲の良い友人であっても、親、兄弟(僕にはどれも当てはまらないが)にも、他言無用であること。




・以上のことを遵守することが難しくなったと感じた時も、やはり、この関係を解消する理由とすること。




 大体こんな感じだった。


 そして、『証明』の検証方法を、紬が既に考えて来ていて、僕もそれに同意することにしたのだった。


 紬曰く


「もし、先生と私が本物の『ソウルメイト』だったら、いえ恐らく本当にそうなのだけど、私は私の片割れである先生から離れることは出来ないと思うの。だとしたら、今ここでちょっと難しいとこにハードル設定しても、それをクリア出来ると思うんですよね」


「?どういうこと?」


「分かりません?先生は、私の学校の成績って、知ってます?」


 昨日、学校を出る前に、流石に紬のことが気になって、来週の受け持ち授業の参考にと、あたかもそれっぽい理由を付けて、二年三組の生徒の成績表、内申表を確認していた。


 そして、紬の成績が、お世辞にも良いとは言えないことを、僕は知っている。いや、寧ろ、『悪い』方に分類されることを・・・。


「うん、知ってる・・・」


「ですよね?だとしたら、私が、これから、今、この時点から、先生と同じ大学を目指すことって、粗略ほぼほぼ、無理ゲーだと思いません?」


 非常に答え難いのだが、お互い『変に気を遣わない』取り決めだ。ここでいきなりそれを反故にすることは出来ない。


「そうだね。それは不可能に近いと思うよ。可能性がゼロとは言わないけど、そこに何かの奇跡が起こるか、それとも君が血を吐くような努力をしない限りね・・・」


 自分でも言っていて心苦しいのだけれど、現状の数値なり評価なりを基に考えると、そう言わざるを得ないのが現実だったりする。


 その言葉を聞いて、紬は如何にも満足げに、「そうなんですよ」と答えた。


 多分、この僕等二人の状況を知らない誰かがこの様子(特に紬が嬉しそうな反応)を見ていたとしたら、かなりイカレた会話に聞こえたに違いない。


「それでも、その目標設定を、私が『必ず先生と一つになる』条件って決めてしまえば、奇跡が起こるか、血を吐かなくても一定の努力とか、何かのラッキーの積み重ねとか、そんなことでクリア出来そうな気がするんですよね・・・、そんな気、しません?」


 確かに面白い考え方だ。僕にとっては何のメリットもデメリットも無いのだけれど、紬にとっての良いモチベーションになることは間違いない。


 紬の瞳には、既にやる気の炎みたいなものが見て取れる。


「先生、ちょっと安心したでしょ?私が変なこと言い出さなくって」


 教育実習生とはいえ、僕もこの先は教師になることを望んでいる人間として、関わった生徒のやる気を引き出すことも大事な仕事だと思う・・・。


 ・・・?おや・・・?何かが変だ・・・。


 紬が変なことを言ったのではなく、僕の方が変だ。


 僕は何か胸の奥の辺りがこそばゆいのを感じたのと同時に、少しばかりの青臭い恥ずかしさと、それとは逆に妙な高揚感を覚えていた。


 何なのだろう?今、僕の気持ちは、非常に『前向き』になっていないか?


 いや、というより、これが『前向き』っていう感覚なのか・・・。


「先生?」


 現在の状況に戸惑いを覚えながら、ついボンヤリと物思いに耽るような僕に、紬の声が突き刺さる。


 僕は慌てて視線のピントを彼女に合わせて、「ごめん、ごめん。ついボンヤリ考え事しちゃったよ」そう言いながら、随分と温くなったコーヒーにひと口、口を付けた。


「良いんです、先生。私にも分かります。先生よりちょっと早くから、私の人生も変わり始めましたから・・・」


 ・・・・・・・・・


 そうなんだな。紬も僕と同じ感覚を経験済みだったのか・・・。


 今度は僕の方から紬に質問をしてみる。他人に(もうある意味、紬とは他人とは言えないのかもしれないけれど)、僕の方から、その人個人の質問をすることは、生まれて初めてかも知れない。


「橘さん、当たり前のことなんだけど、君と僕は生まれも育ちも違うよね?それなのに君も、やっぱり僕みたいに、何ていうか・・・。そう、他人に頼らない、とか、迷惑を掛けない、とか、そんな事を考えて生きてきた?」


 僕の言葉に、紬は少し考えてから答える。


「・・・そう言われるとそういった一面もあるし、そうじゃない部分もあります。先生の生い立ちを私は知りませんけど、先生は、学校の資料で、私の家庭環境とかもちょっとはご存知ですよね?・・・多分ですけど・・・私のそれと、先生のそれとでは、随分な違いもあると思います。先生の心の中を感じると・・・、あ、ごめんなさい・・・」


 謝りながら言葉を濁す紬に、僕は昨日から何度目かの同じ気付きを覚える。


 そうだよな、この子には、僕の感情は丸分かりなんだったな。過去のことは知らないにせよ、今この瞬間の、僕の中の心の動きは、手に取るように分かるのだろう・・・。


 しかしそれも、昨日最初に感じた恐怖にも似た驚きとは違って、何だか凄く気持ちが楽なのは、僕自身が一番よく分かっている。


 そして紬が、学校内では他の生徒とは違い、ちょっと異質で浮いた存在だったことも何となく理解した。


 僕は強く生きたいと思う反面、出来る限り自分の存在を消しにかかっていたが、紬の場合、その可愛らしい容姿とも相まって、自らの意思がどうであれ、どうしても目立ってしまったのだろう。


 そこに更には、この物怖じしない性格のことを考えると、昨日、主任指導教官が表情を曇らせたのは、僕の見間違いでは無かったということか。


「いや、良いんだよ。多分、君の思った通り、僕は二十一年間の人生で、かなり、他の人とは違った考え方をしながら生きてきたんだと思う。それが良い悪いは別として、そうしなくちゃ生きていけないって、頑なに思い込んでいた、って言うのが、今言えることなんだと思う・・・」


 紬は声には出さずに、黙ったまま「うん」と、小さく首を縦に動かした。


「それじゃあさ、僕からも一つ提案って言うか、約束をしよう。もし・・・いや、必ず僕もそうなるとは思うのだけれど、橘さんが無事大学に合格したら、一番最初に、僕の生い立ちの話をしよう。多分、君が感じている僕は、特に昨日までの僕は、酷くねじ曲がった性格の人間に見えていると思うけど・・・言い訳をしたい訳ではないけど、その時にはちゃんと知って貰いたいんだ」


 紬は今度は首を横に振る。


「ううん、そんなこと無いです。先生はねじ曲がってなんて無いです・・・」





 喫茶店を出る時、僕はカウンターの中に居た『琥珀』のマスターのTomyさんに、「ご馳走様でした」と、挨拶をした。


 Tomyさんは少し驚いた表情をして見せたが、直ぐに笑顔になり「毎度」と返してくれた。


 そして僕ではなく紬に話し掛ける。


「可笑しな男でしょ?でも心配はしないで。優しい男でもあるから」


 紬も笑顔で「はい」と答えた。


 Tomyさんは続ける。


「私は、この今村くんの、唯一の友達。私の唯一の友達じゃないよ。私が、だよ。ん?逆か?」


 紬が何と答えて良いのやら分からないといった表情で僕を見るので、代わりに僕が答えることにした。


「いえ、マスター、それで当たってます」


 そして僕はクスリと笑う。小さな笑いだったが、それは心の底から楽しいと思える笑いだったと思う。


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