Le Diamant Maudit ~呪いのダイヤ~

平中なごん

Ⅰ 盗品の捜索にはいつもの探偵を

 聖暦1580年代末。エルドラーニャ島の植民都市サント・ミゲル……。


「――せ、世界一大きなダイヤ!?」


 その話を耳にした瞬間、俺は思わず頓狂な声を執務室内に響かせちまった。


「コラ! 大きな声を出すな。外の者に聞かれるではないか」


 そんな目をまん丸くしてアホ面を披露する俺を、テーブルを挟んで座るサント・ミゲル総督クルロス・デ・オバンデス公が渋い顔で嗜める。


 俺の名はカナール。デケえ声じゃ言えねえが、闇本屋で買った無許可での所持・使用を禁じられている魔導書グリモワーを使って、魔物や悪霊絡みの事件を専門に扱う探偵デテクチヴ――即ち〝怪奇探偵〟をこのサント・ミゲルの町でやっているケチな野郎だ。


 俺の父親は〝新天地(※新大陸)〟へ渡って来た敵国フランクル王国の平民、母親は原住民のいわゆるハーフなんで、大帝国エルドラニアがこの島に築いた殖民都市じゃあ肩身の狭え部類の人間だが、ひょんなことから縁あって、このずんぐりむっくりな総督さまには何度となく仕事を依頼されている。


 で、いつものように総督府へ呼び出された俺が、いつになく応接セットの高級革張りソファへ座らされ、高価たけえコーヒーまで出されて聞かされたのが、この紛失したダイヤを捜し出してほしいという話だった。


 直接の依頼主は総督ではなく、そのとなりに座るエヴェリコ・オルショ・マシリーンという生真面目そうな貴族の男だ。


 大陸にあるヌエバ・エルドラーニャ副王領(※新天地におけるエルドラニアの植民地の総称)の首都ヒミーゴの役人で、副王(…といってもほんとの王侯じゃなく、エルドラニア独自の統治制度で最高位の総督みてえなもんだ)の遣いとして、旧大陸の本国へ向かう途中だったんだそうだ。


 で、そのお遣いってえのが、古い原住民の王さまの墓から発見された超デケえダイヤ――〝希望のダイヤモンドディアマンテ・エスペランサ〟と名付けられたそれを、副王が皇帝陛下へ献上するための特使だ。


 さらにそのダイヤ、ただデケえだけじゃなく、サファイアみてえに青色をしている超希少な代物なんだとか。


 エヴェリコさんはその希少な宝石を運ぶ使節団のナンバー2、副使のご身分であらせられるらしく、本国へ帰る護送船団(※武装したガレオン船の輸送船の一団)にダイヤと共に乗船し、途中、ここサント・ミゲルの港に寄港したわけなんだが……そこで大事件が起きた。


 彼の乗る船の航海士をしていたエンリ・ヘェリペ・オーペという男が、何をトチ狂ったのか使節の正使であるハン・バウティスタ・ティへルーノ公を惨殺し、ダイヤを盗んで逃走したというのだ。


「ちょ、ちょっと待ってくだせえ! それって大事件じゃねえですか! 俺の手には余りますぜ。てか、そこは探偵なんかじゃなく、大々的に衛兵動かすべきでしょう!?」


 当然、俺はその一大事に声をあげて疑問を呈した。


 んな大それたお宝と犯人の捜索、普通に考えて一介の名もなき探偵に任せるような仕事じゃねえ。


「バカ者。皇帝陛下へ献上するディアマンテ(※ダイヤ)が盗まれたなど表沙汰にできるか。隠密裏に解決するため、そなたのような地位も名誉もない下賤の者に頼んでおるのだ」


「このことが世間に知られれば、正使のティへルーノ公亡き今、副使である私もタダではすまないでしょう。その点、身分低く信用もなきあなたなら、万が一、この話をどこかで吹聴したとしても、聞く価値もないホラ話と一笑に伏すことができます」


 随分とヒドイ言われようだが、確かにその通りかもしれねえ……この大失態の後始末、公に衛兵を動かせねえから影で俺を使おうっていう魂胆か。


 なんとも失礼な貴族二人の回答に、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、俺はいたく納得してしまった。


「それにな。このディアマンテにはちょっと因縁めいた話があってな。手にした者には呪いが降りかかり、必ず不幸が訪れると申すのだ。ま、ただの迷信だと思うが、そなた、そっち系・・・・が専門じゃろう?」


 さらに総督は、そんな気になる話もサラッと続けて付け加える。


「へえ……呪いのダイヤですかい……」


 ま、おっしゃる通りたぶん迷信なんだろうが、そのなんとかいう正使は実際に不幸な死を遂げちまってるからな……。


「どうせそなた暇しておるんじゃろう? 我らが帝国と皇帝陛下の御ためと思うて協力せい」


「無名の人物ながら、なんでも腕は確かだというお話。報酬の方ははずみます。是非ともお力をお貸し願いたい」


 その呪いの話に俺が半信半疑でいる間にも、二人の貴族は偉そうな態度で重ねてそう頼み込んでくる。


 暇だとか無名だとか言われるとなんとも癪だが、ここのところ他に仕事の依頼もなく、常に金欠なのは紛れもない事実だ。


「そこまで頼まれちゃあ仕方ありません。今、他にもたくさん仕事を抱えてますが最優先で対処させていただきやしょう」


 背に腹は変えられねえ。俺は精一杯の見栄を張りつつ、その依頼を素直に引き受けることにした。


「では任せたぞ? 期日は三日後、護送船団が出航する日までだ」


「ええっ! み、三日後ぉ〜っ!?」


 だが、その後出しジャンケンのような聞いてない追加条件に、俺はまたしても頓狂な声を瀟洒な執務室内に響かせた――。

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