Ⅰ トリカゴの若き王と、その仲間たち
「ジンベエくん、君はまだなんでも屋なんていう探偵の真似事をしているのか?」
「言い方にトゲがありますね阿久津さん。おれは、何でも屋であることに誇りを持ってますよ。まぁ、食ってけませんけど」
そう言って思わず自虐的にふっと笑ってしまった。そう、食ってけない。食ってけない仕事に、誇りを持つって、結構やばくないか?
「私としては――君ほどの男がふらふらしていて欲しくないと思っている。もうここは過去のトリカゴではない。日本本土ともうまくやっていきたい。その為に品外館は大きく舵を切ったんだ。オヤジも、君を心配しているよ」
「嵐山さんが――ですか。面識はほとんどないですけどね。別に、ふらふらしているわけじゃないですよ。ただ、おれは自由にやりたいだけ、何に縛られることなく、思うように毎日を生きたい。こんな場所、こんな境遇で生まれたんです。せめて自由に。それは普通のことでしょう?」
シオリがきゅっとおれの腰辺りの裾を掴んだ。シオリをちらっと見ると、シオリは珍しく心配そうな表情を浮かべていた。
「わかっていないな。君を――君ほどの暴力を持つ者を捨て置けないということだよ。自覚をして欲しい。自分はこのトリカゴのバランスを乱すには十分な存在だと。今更、チームを作った方がいいだとか、シオリちゃんやトーヤくんのチームに行けとも思わない――」
「おれは暴力を好まない。あんなものは、最悪最後の手段ですよ」
阿久津の話を遮るようにおれがそう言うと、阿久津はきゅっと表情を引き締めた。それは、殺気にも似た空気を周囲に放つ。その空気にあてられて、隣に座るシオリの身体が硬直したのを感じた。
「ジンベエくん――」
恐らく、阿久津はかなり強いだろう。結局トリカゴの最終手段は暴力だ。腕もなく品外館のナンバーⅢにはなれない。やるならここでやってもいいけど、できれば誰にも迷惑の掛からない場所で二人きりで決着をつけたい。
おれは暴力を好まないけど、相手が暴力で押してくるのであれば話は別だ、いつでも応じる。だけど、阿久津はすぐにその殺気にも似た空気を収め、笑った。獰猛に。
「さすがだね、この私に一歩もひかない。簡単に言おう、品外館に来なさい。悪いようにはしない。君の自由とはなんだ?使い切れない金か?抱ききれない女か?誰もを傅かせる権力か?品外館に来るなら、そのどれも与えよう。私にも、白の兄貴にも、オヤジにだって、従わなくていい。君の好きなようにやるがいい」
「お断りします。品外館に入ることはありませんし、そのどれも興味がありません。おれはおれで、自由にやる。そこに品外館の看板は必要ありません」
「そうか――」
阿久津はおれの言葉を聞いて、力なくふっと笑う。
「まぁいい、君がここのバランスを崩さないというのであれば、私も何も言うつもりはない。さて――そろそろ戻ろうか、ナツメ」
「はい」
阿久津がそう言って立ち上がると、ナツメと呼ばれた美人秘書も立ち上がる。
「それではジンベエくん、シオリちゃん、また近いうちに。邪魔したね――」
シオリも立ち上がると阿久津とナツメを事務所の外まで送っていく。おれはテーブルに残ったジャスミン茶を飲んだ。残しては勿体ない。ゴブリンハートがおれにそう伝えている。
シオリはすぐに戻ってきて、口を開いた。
「ジンベエ、ごめんね。いきなり来ちゃってさ、私もびっくりしたよ」
「ああ、いや…おれもちょっとびっくりした。品外館なんか入らないっつーの」
「それだけジンベエがすごい奴ってことだよ。私は品外館も全然ありだと思うよ、ジンベエが品外館に行くなら、うちも本格的に品外館寄りになってもいいしね。それに、阿久津さんの言うこともわかるよ。ジンベエはトリカゴの調和を乱すには十分な存在だもん」
シオリはそう言ってご機嫌そうな笑顔を浮かべると、おれの隣にぼすんと座る。そして、おれが買ってきた焼き鳥の袋から串を一本抜くと、そのままぱくっと豪快に食べた。
「まぁもう終わった話はやめよっか。ジンベエが手土産なんて珍しいじゃん。大方――昨日バクローが持ってきた大口の依頼で、なんかお願いしたいことがあるってとこかなぁ?マナ、ビール二つ持ってきて」
シオリのその言葉の後、おれは軽く周りを見渡して誰も居ないことを確認すると、声を落として口を開く。
「それもあるけどよ、たまには手土産くらい持ってこないとさ。まぁ依頼っつっても、あんまりお前等を巻き込みたくないから、情報あったら――程度でいんだだけど、ブラドン買いに来た外の女が行方不明で、その子を捜して欲しいんだと。ブラドン絡みだから、まぁとりあえずトーヤにビーバーズ紹介して貰うんだけどね」
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