Ⅰ トリカゴの若き王と、その仲間たち

 リピュノヘイルにある威勢の良い親父がやってる焼き鳥屋で大量の焼き鳥を買って、ついでにビールも買った。これくらいの贅沢は最初だし、いいだろう。レバーと砂肝を頬張って一気にビールで流し込む。

 くぁぁぁぁッ神の味だ、これぞトリカゴの醍醐味。くぁぁぁぁ、はぁ――ッ!さっきまで二十万あったのに、もう二万くらいしかないなんてこと、忘れちゃいそうだ、いや、忘れてしまいたい!

 大量の焼き鳥を抱えたまま、女人の事務所に行く。たまには手土産を持って行くってのも、悪くない。大人として当然のことだしな。この前っていうか、いつも奢ってもらってるし、シオリのとこにも今回の依頼の話だけしてみてもいいし。

「うーっす、シオリいるかな?」

「ジンベエ――」

 事務所の奥に座っていたシオリが立ち上がった。だけど、事務所の空気がいつもとは違かった。シオリの後ろには、両手を前の腰辺りで組んでいるオルグが真剣な表情を浮かべて立っていた。

 オルグがおれに気付いて視線が合うと、いつもよりもずっと殺す目でおれを見つめたけど、どこか困惑したような表情だった。事務所にいる女の子達も、いつもとは違う。いつもはジンベエさーんみたいな感じで、しかも焼き鳥を持っているからみんなきゃっきゃしそうなものなのに。

 今日は全員席も立たずに、苦笑いをしていた。シオリの前に座っていた男がすっと立ち上がり、振り返る。

「ほぅ――ジンベエくん――か」

 ――この空気の原因がわかった。ちきしょう、護衛も連れず、車も表に停めず、単身女人に来ているなんて思ってもみなかった。油断――別になんてことないことだけど、少しこういうことに鈍くなってしまった自分を恥じる。

「阿久津さん、お久しぶりですね」

「はは、ジンベエくんがそんな丁寧な言葉を喋るなんて、大人になったものだね。我々に噛みついてきてばかりだったあの頃を思うと、少し悲しくもなるが――」

 シオリ前におれに背を向ける形で座っていたのは、長身で細身、びしりと決めたオールバック、トリカゴの影の王と呼ばれる男――阿久津。品外館の若きナンバーⅢであり、カジノから風俗まで――トリカゴの娯楽産業をまとめる、トリカゴの王の一人――。

 しかも、完全な異星人であるにも関わらず、日本名を持っている特別な存在だ。品外館のトップ、嵐山もそうだけど、昔の世代の奴は、日本名を持っている奴が結構いる。

 ただ、名乗っているだけではない。日本名を持っている異星人は――日本政府に認められ、本土へ入ることができる特別な存在――。

 日本政府に認められるには、その功績やトリカゴ内での影響力、はたまた多額の金銭を持つ者――色んな理由があるだろうけど、とにかく偉い奴ってこと。

「取り込み中に悪いなシオリ、日を改めるわ」

「いやいやジンベエくん、私は本当に顔を出しに来ただけなのでね。今日はオフなんだ。一緒にお茶でもどうかな」

「遠慮しときますよ、ろくなことになりそうもない」

「はっはっは、それでこそジンベエくんだ。だが――私は敵ではない。今の品外館は過去とは大きく違う。それは、わかっているだろう?」

「――…」

「ジンベエ――ちょっと」

 シオリが走り寄ってきて、おれの腕を掴んだ。

(ジンベエ、阿久津さんは悪い人じゃない、わかってるでしょ?ちょっとくらいいいじゃん。私はジンベエと居たいし)

 シオリが小声でおれにそう言った。確かに、阿久津自体はトリカゴを正常化しようとした異星人の一人だろう、だけど――品外館の本体だ、いや、品外館の核とも言える存在だ。おれは組織が好きじゃない。

(お願いジンベエ――)

「――…わーったよ」

 シオリには普段飯を食わせてもらったりしている。たまにはシオリの顔を立ててやるのもしょうがない――か。

「ジンベエくんも、彼女には逆らえないかな?いつの時代も、気の強い女に男は弱いものだよ」

 阿久津がそう言って笑う。おれはしぶしぶシオリに連れられて席についた。テーブルの上には、ジャスミンの香りがするお茶がふたつ置いてあった。

「それで、阿久津さん。今日は暇なんですか?こんな場所に、護衛も付けずに秘書だけを連れて茶を飲んでるなんて」

 おれは阿久津の隣に座る秘書をちらっと見る。秘書はすごく美人な女だったけど、感情を感じさせない冷たい表情をしていた。

「いきなり厳しいね、まぁ――暇だよ。トリカゴではもうできることは少ない。かといって、外に進出することもできない。システムを作り上げた先にあったのは、圧倒的な暇だね。だが――ただ暇だからと言ってここに来ているわけでもない。君は今こんな場所だと言ったが、女人は――品外館にとって大切なチームなんだ。正直に言えば、大切な利益のひとつでもあるし、今トリカゴでは最も権力のあるチームだろう。だから、率先して顔を出している。トーヤくんのところのケルベロスも――もう少し仲良くしてもらいたいんだがね。それよりも――」

 阿久津はそこで話を切ると、軽く茶に口を付け、カップを静かにテーブルに置いた。

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