Ⅰ トリカゴの若き王と、その仲間たち
遅刻をする奴はクズだ。
昔、姉さんがそう言っていた。時間というのは戻らないものであり、金にも、何にも変えることはできない唯一無二のもの――。例え一秒でも、遅刻することは絶対に許さない。それが姉さんの教えだった。
だけど、おれはそんな姉さんの教えを余裕でぶっちぎっていた。約束の時間は十五時。今はもうすでに十五時半。トーヤとうっかり朝を越えて呑み過ぎてしまい、三度の寝の末にようやく起き上がった頃には、もうすでに十五時だった。
息を切らしたまま喫茶店ボンボンの扉を勢いよく開くと、ドアに取り付けられたベルも勢いよく鳴った。
「あらぁジンベエちゃん」
ボンボンという店名の刺繍が大きく胸に入ったエプロンを身につけた早苗さんが、穏やかにそう言った。だけど、おれは穏やかではない。
「早苗さんッおれに――客来てないか」
焦るおれに、早苗さんはにこりと笑って指をさした。窓際の、一番いい席。そこには――黒髪の女が座っていて、コーヒーを飲みながら本を読んでいた。一発で完全に目が覚める、女が――美人だったからだ。歳はおれよりも少し上――くらいか?いや、しかし美人だ。
「ご、ごめんなさい。遅れてしまって。ホント申し訳ない」
すぐに女の向かいの席に座って詫びた。女は、音も立てずにコーヒーカップをテーブルに置くと、にこりと笑う。
「こんにちは。意外ですね、トリカゴの王の一人、反逆の王と呼ばれるジンベエさんが遅刻程度をそんなに謝るくらい謙虚だなんて」
「い、いやいや。遅刻はクズのすることだから!」
「ふふふ、お気になさらずに。まずは直接きて頂いてありがとう御座います。ジンベエさんで――よろしいですよね?」
「あ、ああ――そうですね、僕が…ジンベエです」
おっとりとした女だった。そして同時に、物怖じをしない女だった。トリカゴに単身来て、こんなにも落ち着いた物腰の外の女はなかなかいない。見た目は大して変わらない奴も多いけど、ここは異星人達が巣くう場所だ。さすがに地球人の女が単身来るようなことはあんまりないし。
「私は、ミナシマカオリと申します」
「あ、ああ――よろしくっす」
すっかりペースを乱された気分。美人である上に、余裕がある。バクローもこんな美人なら、ちゃんと言えよ。いきなり遅刻してこんな美人さんと目を合わせて話すことなんてゴブリンのおれじゃできないよ。髪もぼっさぼさだし、教えてくれてれば…もっと、もっとちゃんとして来たのによ。
「えっと、早速本題に入りましょうか、人を捜すってことで――いいんですよね?」
「ええ、バクローさんから聞いていますか?ブラック・ポセイドンをよくここに買いにきていた友人が、ここで行方不明になってしまっておりまして」
ここでマスターがおれのコーヒを運んできた。そっと口を付けると、変わらないいつもの味。ボンボンはトリカゴでは珍しく本格的なコーヒーを出してくれる。他の店の雑巾を絞ったみたいな味のコーヒーではない。
「ずいぶんとトリカゴに詳しいみたいですね。僕のことやオルカの伝説も知っているとか」
「勿論、ですから――ジンベエさんが受けてくれるならと、私にとって高額の報酬を用意しています。必要経費等もかかるのであれば、別途領収書を出して頂ければお支払いも可能です。ここに詳しい人は、外では結構いるのですよ。新東京島は魅力的な場所ですから」
「そうなんですか。住んでる奴らからすれば、なーんにも魅力なんかありませんけどね」
おれはそう言って軽くため息をつく。ミナシマはそんなおれを見てくすりと笑った。笑顔も非常にキュート。
「ブラック・ポセンイドン――ここではブラドンと呼ばれていますが、ビーバーズという組織ではなく、チームがその売買を取り仕切っています。ビーバーズのリーダーとは話せますが、地球人の顧客は今かなりいると思うので、すぐには見つからないかもです。それでも、百万円という大金を使って、自分に調査を依頼しますか?」
少しだけ考えた。百万とはどれくらいの価値なんだろう。おれみたいなゴブリン畜生にはわからない。
「勿論です。是非お願いします。捜して欲しい子の名前は、ササキアヤノ。いくつか写真を渡しておきますね」
ミナシマはテーブルに写真を置いた。すぐに目を通す、薬物にはまるような感じではない、可憐な女の子だった。笑ったときの八重歯が、ちょっといたずらっぽさを出している。
「はじめに言っておきます。多分、生きていない。実は消息を絶ったのが一ヶ月も前で、その後はなんの連絡もない。携帯電話も、クレジットカードも、銀行口座も何も使った形跡がありません」
「一ヶ月、ですか――」
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