Ⅰ トリカゴの若き王と、その仲間たち
「へ、へぇ――…」
なるべく動揺していることを隠したけど、実際はかなり動揺してドキドキ、そわそわしていた。マジか――。百万なんて大金、拝んだこともねぇ。しかも前金で二十万くれるってか、オイ。
「ただし、絶対条件としてお前に直接会いたいらしい。トリカゴに知り合いがいるらしくて、ここの事情に詳しくてな、品外館や女人、ケルベロスの事情まで――更に、お前の姉さん――オルカの伝説や、お前の伝説も知っている。そんな彼女が、お前がやってくれるなら、という話だ」
「それは全然問題ねぇけどな、大丈夫か?なんか裏とかあんだろ、どうせ。もろきな臭い話じゃねぇか」
「ああ――」
バクローは引き延ばすように声を出すと、一瞬だけ俯き、そして前を向いた。
「ブラック・ポセイドン絡みだ。行方不明の女の子は、ブラドン中毒だったらしい」
ブラック・ポセイドン――。通称『ブラドン』。トリカゴで近年流行っているポピュラーな麻薬。安価でどちらかと言えば依存性も少なく安全。しかもパキパキ系のケミカルじゃなくって、ハッピー系のナチュラル成分だ。
「ブラドン中毒って――どんだけあれ入れりゃ中毒になんのよ?しかも取り扱ってるのビーバーズだっけ?確かトーヤと仲良いよな?そんな難しいか?全然きな臭くねぇじゃん」
おれがそう言うと、バクローはからからと笑った。
「おれの第六感が、やばいって伝えている。これは、よくないと」
「マジか」
バクローが言う第六感とは、バクローが持つ能力のことだ。バクローは、何故か漠然とそれが危険か、危険でないかを察知できる。おれがこいつとこうしてなんでも屋を二人でやっているのは(実際にはおれしか動かないのに!危険なことは全部おれ任せなのに!)バクローにこの能力があるからだ。
「つったってバクローお前、ブラドン絡みでビーバーズと話すだけだろ?まぁ、それだけじゃわかんねぇかもだけど」
「そうなんだが――ここ最近流行りだしたブラドン。その利権を品外館――滑川次郎が欲しがっていると言ったら?」
「マジか」
出ました。本日二回目のマジか。滑川か――。確か三年くらい前に本土から来た元暴力団で、めきめきと頭角を表している奴。自分で自分をドラッグ・キングとか言っちゃう頭やべぇおっさんだっけな。
「滑川は今や品外館のナンバーⅣだ。奴をお前と同じく、王として扱う奴だってたくさんいる。トリカゴの快楽の王と言えば、滑川次郎だとな」
「でも、ビーバーズから利権奪うってやばくねぇか?筋も通らないし。ビーバーズだって、見た目あれだけどかなりやる奴らだよ?滑川って地球人だよな?」
おれはさらっと王の部分を流した。おれはもう王じゃないし、元から王なんて一度も思ったことはない。そう、おれはただのゴブリン。
「そうなんだが――どうも、この依頼とそれが無関係だとは思えない。だからこそ、おれの第六感が危険だと告げているんだと思っている」
「まぁここで話しててもしょうがねぇか、どんくらいやべぇの?このままいくとおれ、死ぬ系?」
おれがそう言うとバクローはふっと笑う。昔からずっと言おうと思っているけど、バクローのこのキザったらしい笑いマジでやめた方がいいと思う。マジむかつくから。
「トリカゴに、お前を殺せる奴がいないな。どうだろうか、誰かが死ぬかもしれない程度には危険だと思う」
「じゃあとりあえず受けるか。バクロー、死ぬのがお前だったらごめんな」
「それならそれで本望だ」
冗談で言ったのに、バクローは真面目な顔でそう言った。やめろよ、マジでキモいから。なんなのそのカッコつけ。
「とりあえず、会うだけ会うよ。それでマジやばそうなら受けなくてもいいし。誰か死ぬかもなんだろ?」
「いや、受けてくれ。受けてくれないとおれがまずいんだ。誰が死のうがおれには関係ないし、おれはおれでそれどころじゃない。受けて、成功してくれないとおれはどのみち死ぬ」
「は?」
眉毛を八の字にしてそう言ったおれの顔を見て、バクローは軽くため息をつく。そのもったいつけた仕草にイライラしたけど、なるべく顔に出さないようにした。こいつは腐っても昔からの相棒。いっつもこう、いっつもこんな感じ。こいつマジでいっつもこんな感じ。
「ここの家賃がもう払えない。追い出されたら、おれはお前らを頼りたくもないし、野宿なんてできないから死ぬしかない」
「――…」
悲しそうにそう言ったバクローをマジでブン殴ってやろうと思ったけど、ぐっと堪えた。こいつ、マジでイかれてやがる。家賃の為なら、誰かが死ぬくらい危険なことでもやってオッケーで、しかも成功しろってか。
「明日の十五時に、お前がよく行っている喫茶店ボンボンだ。そこに依頼者はくる――」
おれはそれに返事をしないままバクローの家を出た。これ以上ヤツと居たら殴り殺してしまうかもしれないからだ。
何故、おれはこんなやべぇ奴と友達なんだろう。いや、親友なんだろう。マジでいいとこなんてひとつもないぞバクローは。
だけど――嫌いじゃない。そう思ってしまう自分もいる。
そうきっと、おれだって同類だ。おれだってはたから見れば、バクローと同じくらいどうしょもない奴――いや、ゴブリンなんだろう。
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