Ⅰ トリカゴの若き王と、その仲間たち
バクローの家がある地域「最下層」へ、うっすらとシオリの匂いのついたパーカーのポケットに手を突っ込みながらだらだらと歩く。
おれは、最下層って場所がどうにも好きじゃない。最下層そのものも嫌いだけど、最下層の奥にある、「掃き溜め」と呼ばれている場所を忌み嫌っている、あるいは、心の奥底では掃き溜めに怯えているのかもしれない。
ただでさえあんまり治安がよくないトリカゴの中でも、最下層と掃き溜めは別格。歓楽街であるリピュノヘイルとはわけが違う。
最下層はトリカゴの犯罪者が身を隠すために隠れ住んだり、そもそもまともじゃない異常者だったり、あるいはそのまんま薬物中毒者など、トリカゴでまともに生きていけないような奴らが住むところで、品外館が珍しく「本土の人間は進入禁止」を掲げている。
それでも毎年何故か夏になると、馬鹿な外のガキ共が根性試しやインターネット配信用に品外館の目を盗んで侵入してはトラブルを起こす。去年の夏は、腕時計を手首ごと取られたガキが入り口で泣きわめいていた。
掃き溜めは、トリカゴ民や最下層の奴らですら品外館から立ち入りを禁じられていて、いわば、トリカゴの刑務所であり、発掘途中の洞窟を利用して、大きな罪を犯した者を殺すのではなく、閉じ込めて苦しめるために使われている…らしい。掃き溜めについてはおれもよく知らない。掃き溜め送りにされた奴を何人か知っているけど。
最下層――ここを見る度に深くため息をついてしまう。まったくもって汚い場所であり、臭いもきつい。なんというか、据えた臭いがして、屋外でも埃っぽく感じてしまうのだ。おれは潔癖症ではないけど、汚すぎる場所はさすがに嫌だ。
「おおお、いいい――」
汚れた下着しか身につけていない老人が、地べたに座ってパイプから何かを吸引しながら、とろけた表情をして空を見上げている。
本当に、こんな場所に好んで住むバクローの気が知れない。かなり前に本で見た中国のスラムのようなこの場所を、バクローは好んでいた。
(ジンベエ、ここにはトリカゴのリアルがある)
とある日、バクローが飲めない酒を飲み、酔っ払ってそんなことをおれに言った。何故かドヤ顔だった。それだけはよく覚えてる、イラっとしたから。
バクローとの付き合いは長い。だけど、今でも――バクローはおれにとって理解不能だ。メガックと同じで、おれの中では食えない奴。
多分、いつまでたっても友達だけど、いつまでたっても本当に理解できることはないのかもしれない。まぁ、他人を理解しようとするなんてことはただのエゴだから、それでいいのかもしれないけど。
「バクロー、入るぞ」
バクローが住むほったて小屋のドアを開くと、ドアが軋みで大きく唸った。電気すら満足に届いていない薄暗い部屋の中で、上半身裸のバクローが椅子に座って本を読んでいた。
「ジンベエ、遅いぞ。これを読み切ってしまうとこだったじゃないか」
ぱたんとバクローは本を閉じて、立ち上がる。ガキの頃から変わらずのもやしみたいな身体には、あばら骨が浮き出ている。
さすがは貧弱種族のアイルデント。頭はいいし、手先も器用で、地球と戦争してた時代にアイルデントは兵器を設計、製造していたようだけど、バクローは今の自分にはそんな能力はないと自虐する。所詮は、親の顔も知らない三世野郎ってことだ。
でも、頭はすげぇいいし、バクローにはおれにとって──かなり使える能力があるからまぁいいんじゃね?って思うけどね。
「さっき聞いたからな。なんだ、大口の依頼がきたって?」
「そうだ、まぁ座れ」
がらがらの特徴的な声でバクローはおれに偉そうにそう言ったけど、散らかりすぎたこの部屋には座る所なんか無い。立ちっぱなしのまま、腕を組む。おれが座らないことを察したのか、バクローは軽くため息をついてから話を始めた。
「人捜し、だ。外の子がトリカゴで行方不明になった、報酬は百万。どっかの社長の、娘さんらしい」
「――…ず、随分と大きく出たな、貰える保証はあんのか?」
「ああ、明日トリカゴに来ることになっている、そこで受けてくれるなら気前よく前金として二十万を払うそうだ」
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