Ⅰ トリカゴの若き王と、その仲間たち
シオリはそこまで言って言葉を止めると、軽く唇を噛みながら持っているグラスを――ビールの繊細な泡をじっと見つめてた。おれには、シオリが次に言うことはわかっている、だから、おれも黙ったまま、その先を促すことはない。
「ジンベエほどの男が、ほとんど食っていけずに、暮らしていっていることが信じられないし、納得できていない。本当はいますぐに私のチームに来て、オルグの変わりをやって欲しいよ。いい給料だって、家だって、暮らしだって約束するのに」
「シオリはおれを買いかぶりすぎだよ、おれは大した男じゃないし、それに、ずっと自由に、気の向くままに暮らしていたいんだ。姉さんにつけて貰った名前の通り、おれはジンベエ鮫のようにゆったりと、自由に泳ぎたいのさ。こんなトリカゴの中でもね」
「後半の部分は否定しない、でも、前半は否定するよ。貴方はすごい男なの、だからこそ、私は好きだった。ううん、今でも、ずっと好き」
シオリと飲むと、いつもこんな話になる。シオリもいつの間にか、説教くさくなったものだ。いや、やはり大人になった、ということか。
おれは過去の話を好まない。それを知っているからこそ、シオリはかなり気をつかって話しくれている。気まずそうなシオリの横顔を見て、おれも気まずくなった。
「あの頃、おれはどうかしていたんだ。結局、思うように変えることはできなかったし、おれは、いわば逃げた。そんなおれがすごいなんて、あり得ないだろ」
「でも、一石は投じた。そして、その一石はトリカゴという湖に確かに波紋を起こした。チームという在り方は変化し、それを組織も認めざるをえなかった。ジンベエが逃げた――ううん、違う。耐えられなくなったのは、貴方のその強さに、仲間がついていけなかっただけ。私達が、弱すぎただけ」
「そんなこと、ない──本当に弱かったのは…おれ自身だよ」
ぐいっとなんとかGビールを飲み干した。これがどれだけのアルコール度数かわからないけど、酒の味はほとんどしない。これなら、いっくら飲んでも酔いつぶれることはないな。
「私は――あの時に弱かった自分を変えたくて、チームをここまで大きくしたんだよ、ジンベエ、うちのチームなんて言わない。もう一度――」
「もうやめようぜシオリ、こんな話は。したって無意味だよ、おれはこのままで満足している」
「――そっか」
おれの言葉に、シオリはしばらく悲しそうにおれの顔を見ていたけど、やがてその視線はテーブルへと移る。シオリはまだ何かを言いたそうだった。だけど、軽いため息をついたあと、その表情は笑顔へと変わる。さすが女王様、気持ちの切り替えのスイッチは油がさしてあるのか、とってもスムーズだ。
「じゃあ話を戻すね。何でも屋としては、実際どうなの?なんかあんまり活動をしているって感じでもないんだけど」
「いやー全然金にならないよ、この前なんかさ、労働者地区の小さい子がさーネコさがしてくれっていうからさ――」
過去のことをあまり話したくないおれは、まくし立てるように自分がやっている何でも屋の話しを始めた。
おれはここで、トリカゴで何でも屋をやっている。何でも屋と言っても、できれば暴力沙汰はごめんだ。人捜しや、ちょいと困ったトラブルを解決するだけ。メインは外の人間からの依頼をしたいのだけど、なかなか外からは依頼は来ない。トリカゴ初心者の為の案内役とかだって、おれにまかせてくれれば納得のいくまで案内してやるのにな。
シオリは、嘘かもしれないけどおれの話を楽しそうに聞いてくれていた。シオリからすればおれのやっていることなんて、蟻が一生懸命巣に餌を運んでいることに等しい。(おれはそれはとても崇高なことだと思うけど)
でも、例えどんなに小さな事でも、困っている人を助けられる心ってのは、この腐った世界で唯一の光だと思う。どんなに貧乏でも、生活がつらくても、そういう気持ちを忘れた時に、人は本当にゴブリンになっちまう。
後ろめたいことなく、最後まで胸を張って生きたい。不器用だと言われるけど、それがおれの唯一の矜持。
多分、シオリもそれをわかってくれているから、女王様になっても、身分が変わっても、おれみたいな人間をこうして構ってくれているんだと思う。
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