Ⅰ トリカゴの若き王と、その仲間たち
「はーいお兄さんどうですか?キャバどうですか?一時間二千円ですよ」
「おっぱいどうですか?おっぱい、いっぱいありますよー」
ごみごみとし、そしてぴかぴかと輝く照明。ちょっと前に流行った異星人テクノをごりごりに流すトリカゴのメインストリートここ「リピュノヘイル」は今日もご機嫌だ。
その名前の由来はおれもよく知らないけど、昔の偉い人の名前らしい。そいつが、どうもすげー遊び人だったとかで、こういう歓楽街にその名前がついたんだそうだ。
まだ時間は二十時過ぎだっていうのに、下着同然の女共がうろうろとし、外の男達を自分の店へ店へと誘惑する。まぁ、異星人達(おれたち)も必死ってことだ。外の奴らはなんせ羽振りがいい。金の価値は地球人もおれ達も同じ。異星人だって、金がなきゃ飯も食えないからね。
ただ、おれがわからないのはわざわざリスク背負ってトリカゴまで来て異星人と遊んだり、抱きたいかね?そりゃ地球人と大して見てくれが変わらねぇ奴だっているけど、最近は平気でアニマスともやるやつもいるんだってさ。
生まれながらに抜群のスタイルを誇るネアンデルタの女に吸い寄せられて、サラリーマン風の集団がその女の店に入っていく。あーあ知らねぇぞ。その店は確かに一時間一人二千円で飲み放題だけど、女のドリンクが一杯五千円もするクソ店舗。しかもネアンデルタの女は死ぬほど呑みやがるから、一時間呑んだだけでお会計は大変なことになる。店の名前はドリームガールズ。まぁあれだ、店の名前の通り、せめてでっけぇ夢を見てくれ。おれはそう思いながら、心の中でゆっくり手を合わせる。
――しかし、トリカゴは変わった。閉鎖的な時代から、解放の時代に。
この五年――品外館が外の人間をターゲットとして商売をしだして、本当に変わった。
外では非合法だけど、ここでは合法な遊びとされる──つまりは、いわゆる、ギャンブル、売春、ドラッグを売りにする。しかも安全に。
トリカゴで一番でかい組織である品外館がそう動きだし、実現させてから爆発的に外の地球人の来訪が増え、ここは潤ったのだろう。まぁ、おれは全然だけど。
品外館と長年争っていた旧燕が潰れておよそ八年。今や品外館は構成員百名を超える巨大組織って奴だ。
大人達は組織を作り、ガキ共はチームってやつを作る。おれは、そのどちらでもない間にいる中途半端な年頃の男の子だ。
姉さんはおれに言った。君は、大海を自由に泳ぐジンベエザメのような存在になってほしいと。そのジンベエザメって奴の実物を見たことはないけど、でっかい鮫なんだそうだ。
そんなわけで――おれはジンベエと名乗っている。本当の名前は知らない。親なんか見たこともないからね。
あんまり泳ぎが得意じゃないから、海を自由に泳ぐのは到底無理。まぁどっちみちここでは自由に泳ぐことなんてほとんとできないけどね。海に入って少しでも本土に近づいたりしたら自衛隊に蜂の巣にされるし。
だから――せめて、このトリカゴという場所をおれは自由に泳ぎたいんだ。そう言った意味では、結構自分の名前が気に入っているのかも。
「お客さんッお客さんッちゃんと私言いましたよねッ!?確かにワンセットは二千円です、ですが、女の子の飲んだ飲み物代は別ですよってッ!」
「い、い、言ったけどあんた、いくらなんでもビール一杯五千円ってなぁ――」
どこからか、そんなやり取りが聞こえる。訂正、ここは絶対に安全ってわけじゃない。身体の保証はほぼ約束されているけど、財布の中身の安全までは保証されてないってこった。
でもまぁ、ぼったくなんてよく聞く話で、むしろ健全。心の中でくすりと笑ってしまう。トリカゴは変わっても、その本質は変わることはない。所詮は地球人とは異なる存在である異星人達――粗悪なカラス達を閉じ込めておくための場所――。だから「トリカゴ」。
「あら、ジンベエ」
リピュノヘイルを抜けきりそうなときに、道路脇に止まっていた黒いSUVタイプの車から女が降りてきてそう言った。同時に、運転席からもごつい奴が胸を張り、肩をいからせて降りてくる。
女は、黒い光沢のある丈の長いワンピースを着ていて、頬にはワンポイントで黒い三日月のタトゥーが入っている。何度見ても、おれがよく知っている女──。
「お、シオリか、そうか、もう稼ぎ時の時間だもんな。トップ自らが送迎か?」
「違う違う。これから、品外館の人間の集まりに顔出そうかなと思って出てきただけ。でもまぁ、いいかな。どうせ下っ端の集まりだし、ジンベエ、ちょっとどっか呑みに行こうよ」
シオリはそう言うとおれの手首を掴んでぐいっと自分に引き寄せた。華奢な身体ではあるけど、意外と力は強い。少し顔と顔が近くなったシオリに言う。
「駄目だろ、ちゃんと集まりに顔出してこいよ」
「んー、ジンベエに会ったら、そういう気分じゃなくなっちゃうんだよね」
トリカゴの組織のトップは、間違いなく品外館だけど、チームのトップはどこかと聞かれれば、シオリのチームである「女人」だ、と答える者が多いだろう。
女人は、女を様々な場所に斡旋することで利益を得ているチームであり、今や品外館との繋がりも深く、同時に視線も熱い(稼ぎも多く、上納金も多い)から、品外館の強い後ろ盾もある。それでいてシオリはあまり金に興味がないので、給料もよく、更には女人専属の医者崩れまで存在する。
そして、シオリの後ろで不服そうにおれを睨み付ける男――。
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