第3話
いおりの体はみるみる痩せて弱っていったが、いつも笑顔を絶やさなかったし、病気なんか持っていなかった頃と態度があまりにも変わらなくて、実は元気なのではないかと錯覚しそうなくらいだった。
ある日僕がいおりに会いに行ったとき、もう帰らなくてはならない時間になったとき、いおりは、ねえ、ちあき、と僕に小さく手招きした。僕が近くに行くと、いおりは僕を力一杯抱きしめたのだ。こんなことは初めてだった。いおりの力一杯は決して世間一般的に強い力では無かった。むしろ少しでも動けば振り解いてしまいそうで、僕はそうっと、いおりの細い体を抱きしめ返した。
暫くして、いおりは少し恥ずかしそうに僕を押し返して
「引き止めてごめんね。ちあき、じゃあね、ばいばい」
と笑った。僕は驚いてしまっていて、曖昧に返事をしただけで病室をあとにした。
次の日から、いおりは目を覚さなくなったらしい。母さん伝いにそう聞いた。会いに行こうと思ったけど、家族みずいらずがどうこうと言われ、そのあと一度も会えないままいおりはこの世界から去った。
きっといおりは、分かってたんだろうな。
お葬式にも行ったけど、実感が湧かなくて涙が出なかった。僕の頭が理解することを避けているだけかもしれないけど、いつかまた、ひょっこり顔を出しそうな気がしてやまないのだった。
そんなことは、ないんだけどね。
あれからも、死にたいと思うことはある。けどそのたびに、もういないいおりの体温が蘇るんだ。
「ちあきは死んじゃいけないよ。わがままだって思われても構わないよ、だって、友達にわがままを言えるのが友達の特権でしょ」
そう言ったいおりの笑顔が、離れない。
ねえ、僕のわがままも聞いて欲しかったよ。いおりに僕の命をあげたかった。
もっと生きて欲しかった。
叶うなら、一緒に生きたかった。
今日も僕は息をする。いおりの分まで前を向く。立ち止まることは少なくないけど。正しさなんて分からないけれど。前を向けば、いおりの見ていた世界が見られる気がして。いおりのように生きられる気がして。
前を向いて、明日を信じて、もう君のいなくなった世界を駆け抜けていく。
でもどうしてだろうか。
「いおり、近くにいる気がするんだよな。
……そんなわけないか。行ってきます。
まる、いい子にしてろよ!」
19歳。一人暮らし生活は捨て犬を拾ったことで1人と1匹暮らしになり、僕は毎日大学に元気に通っている。
命を摘む。 時瀬青松 @Komane04
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