26. 名はルーファス


「気がついたのか?足は痛むか?他に痛むところは?」


 焦った表情で私のことを見つめて矢継ぎ早に問いかけてくるこの人。

 私のことを好きとも何とも言ってくれてはいないけれど、少なくともあの場から私を助け出してくれたのです。


「助けてくれて、ありがとう。」

「そんなことはいいから、痛むのか?」


 右足はズキンズキンと痛んで、動かすことも困難な状態で、今自分の足がどうなっているのかさえ分からないのです。


「確かに痛むわね。自分の足じゃないみたい。」

「そうか……。痛みを和らげる薬があるから飲むか?」

「そうね、お願い。起こしてもらえないかしら?」


 ゆっくりと労るように寝台の上で上半身を起こしてくれたけれど、目の前が一瞬暗くなって前方に倒れそうになってしまいました。

 その時彼は私の身体を支えて、落ち着いたら背中にクッションを挟んでくれたのです。

 そして、寝台横のナイトテーブルから薬の包みを出して水と一緒に手渡してくれました。


「ありがとう。」


 そう言って薬包紙に入った薬を服用し、ホッとため息を吐きました。


「ここはどこなの?」

「俺の隠れ家の一つだ。怪我は医者に見せたが、しばらく足は治るのに日にちがかかるらしい。」

「そう。あれから何日経ったの?」

「二日だ。」


 まあ、大変。


 きっとお父様もお母様もお兄様方も、シアーラだって心配してるわ。

 でも……。


「こんな足の状態じゃ帰れないわ。今帰ったらお父様たちが心配して、それだけじゃなく私を殺そうとして怪我をさせたと知ったらジョシュア様に何をするか分からないわよね。」

「……どうする気だ?」

「このまま足が治るまでここで隠れていましょう。足が治ったら邸へ帰るわ。とにかく、無事だということだけは知らせて……。ジョシュア様が激昂なさって何をするか分からず、成り行きでしばらくは知り合いの安全なところに身を隠すことになったと伝えるのよ。」


 つり目がちな目を困ったように顰めて、なかなか返事をしようとしない彼に畳み掛けるように言葉をかけました。


「お願い、私まだジョシュア様に会ってまともにいられる自信がないわ。だって殺されかけたんですもの。恐ろしくて気が変になりそうなの。しばらくしたら気持ちも落ち着くと思うから、それまでここで匿ってくれないかしら?」


 少し大袈裟気味に怖がったのは、もう少しこの人と二人でいたいと願ってしまったからなのです。


「分かった。でも、本当にそれでいいのか?お前が望むなら、アイツを殺してやろうか?」


 狂気を孕んだ紅い瞳は爛々と輝いて、それもまた美しいと思いました。

 そして私のためにこの人が怒ってくれているということに、このような時に似つかわしくないとは分かっていながらも喜びを感じてしまうのです。


「駄目よ。そんなことしないで。それより、お願いがあるの。」

「なんだ?」

「貴方の名前、教えてくれない?」

「俺の名前?」

「だってまだ聞いてなかったわ。」


 そういえば、というように怒りの表情を消してやっと名乗ってくれたのです。


「ルーファス。」

「ルーファスね。やっと貴方を名前で呼ぶことができるわ。ルーファス。」


 足の痛みも忘れて、やっと知れた名前を噛み締めるように口ずさみました。

 私に初めて名を呼ばれたルーファスも、その紅目を細めてほんの少し嬉しそうにしたのです。


「それじゃあまずはお父様たちにお手紙を書くから、悪いんだけれどどうにかして邸へ届けてくれない?」

「分かった。」


 足が治るまでの間、その間だけは私はルーファスと過ごせるのです。


 邸に帰れば私は侯爵令嬢で、刺客であるルーファスとの未来はきっと望めないのですから。

  


 


 

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