SUGER

月の宮

SUGER

 SUGER


「俺の砂糖はどこにある?」

 〝Where is my suger?〟

 私のパパは、今日の朝ごはんで、急にそんなことを言い出した。

「何言ってるのパパ、砂糖は向こうの引き出しにあるじゃない」

 私が持ってきてテーブルに置くと、パパは首を横に振って考え込んだ。

「いったいどうしたってワケ……?」

 〝What happened?〟

 私は言い回しを真似てパパを見つめた。遊牧地の一軒家で、パパと私は木製のテーブルを囲んで話している。

 パパは、深くため息をついて、口を開いた。

「実は――」


 話によると、どうやらパパの授業クラスが無くなってしまうかもしれない、ということらしい。

 その理由は、パパが〝厳格〟だから。

 確かに、そうだよなぁ。と、私は首肯して納得したのだった。

 私のパパは、とにかくルールに厳しかった。

 ルールを守らないと説教するし、間違ったことも大嫌い。約束の時間にちょっと遅れただけでも不機嫌になる。

 そりゃあ、ママも出て行っちゃうよね。

 私は、やれやれ……、と肩をすくめた。

「それで、『君には〝SUGER〟が足りない』と学園長に言われたんだ」

「ふーん、〝SUGER〟ねえ……」

 学園長は、どんな意図でその言葉を父に与えたんだろうか。

 私の通っているハイスクールの学園長は、とにかく甘いものが大好きなことで有名だ。特に、スイーツが好物らしく、普段はさっさと仕事を終えて、学園長室(みんなは〝スイーツ・ルーム〟と呼んでいる)でスイーツ作りをしている。運がいいときは、そのスイーツ・ルームで、学園長手作りのスイーツがいただける。そんなイカした初老の男性だ。

 〝SUGER〟は、甘いものそのものと言っていいだろう。普通に考えれば、〝もっと甘さを持て〟ってこと?

 視線を向けると、パパは頭を抱えて悩んでいるようだった。

「パパは、どういう意味だと思う? 〝SUGER〟って」

「そりゃあ、甘いものだろう。しかし、俺は生徒を甘やかすのは嫌だ。それは生徒のためにならん」

「それだけじゃないと思うよ?」

「じゃあ、なんだ」

「もっと肩の力を抜いて、リラックスした方がいいんじゃない? ってこと。肩に力が入ったままスイーツを食べたって、美味しくないでしょ」

「ヴァニラ、俺はたとえ話が苦手だ」

「知ってるよ」

 私はアイスコーヒーをすすって、パパの奥の窓に目をやった。

 晴れた空の下に、気持ちのいい草原が広がっている。

 私は、パパが決してつまらない人間ではないことを知っている。

 しかし、周りの人から見たら、パパは不愛想で、融通の利かない嫌な先生なんだろう。

 もっと笑顔になればいいと思うんだけど……。

「〝厳格〟は、そんなにいけないことなのか!?」

 パパは立ちあがって叫んだ。

「そうじゃないけど――」

 私は空になったコーヒーカップを見つめていった。

「それだけじゃ、やっぱりつまんないのよ」

 私はコーヒーカップを眼前に持って言った。

「コーヒーも、そのままじゃ苦いでしょ? だから、私たちはミルクを入れて飲んでるの」

「俺はそのままで飲める」

「だからね……」

 私も立ちあがって、パパの胸にコーヒーカップを突き付けた。

「私たちはまだ子供なの、そのまんまのコーヒーは飲めないのよ。パパは、ブラックコーヒーそのものだわ。苦くて、不味い」

「……」

「だから、必要なのよ。〝SUGER〟がね。パパは、子供の気持ちになって考えたことあるの?」

 パパは押し黙っていた。私が突き付けたコーヒーカップの中身を見つめていた。

 しばらくして、パパはキッチンに向かった。

「せっかくだ。今日はコーヒーも甘くして飲んでみよう。〝SUGER〟を少し入れて……」

「きっと、授業もそうした方がいいわ。次の授業は、クラスのみんなでお茶会をしてみたら? ミルクコーヒーに、クッキーも用意して。パパの子供時代の話をしたら、きっとみんな喜ぶんじゃない?」

「そうか……」

 パパは、さっきまでより柔らかい声で答えた。

「ありがとう。ヴァニラ。君は、本当にいい女の子だな」

「いいのよ。パパ。今のパパに必要なのは、きっと……少しの甘さと、少しの笑顔だわ」

 パパは振り返って、ぎこちない笑顔で笑ってみせた。

 それは、とても不格好だったけれど、無表情よりは、ずっとよかった。


 後日、実際にパパはお茶会を開いたらしい。そこにはなぜか学園長も参加していて(もはや驚くべきことではない)、少年時代の話で盛り上がったらしい。

 パパの授業クラスも、少しは評判が良くなったという。

 もっとも、勝負はこれからだろうけれど……。

 しかし、私は心配していない。下手な笑みだけど、最近、パパは笑顔でいることが多くなった。そしてそれは、私にとっても嬉しいことだ。

 この家にも、〝SUGER〟はいい効果をもたらしている。

「ヴァニラ。おまえはもう少し〝厳格〟さを持った方がいい。いつもふらふらしていてはだめだ」

 しかし、説教はくらうのだ。

 そうは言っても、いい変化の兆しを私は確かに感じていた。

 冬に向かって吹き抜ける心地いい風が、家の窓を通っていく。

 十一月ももうすぐ終わろうとしている。

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SUGER 月の宮 @V-Jack

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