2 屋台営業終了
夜7の鐘を少し過ぎた時間。
「すみません。もう麺が終わったので閉店なんです」
覗き込んでくる男性にそう言って頭を下げる。一応閉店札は出しているしのれんも外してはいる。でもそうしてくる人は結構多い。
この国では時刻を告げる鐘は夜8の鐘が最後。そして屋台は概ねその時間までやっている。しかしうちの屋台はもう材料が無くなってしまった。だから営業終了は仕方ない。
「それにしても本当、アンは多才ですわね。こんな事まで出来るなんて」
「マノハラ家の協力のおかげですわ。私1人ではとても準備が間に合いませんから」
これは事実だ。麺もスープもタレも、具材だって全部マノハラ家の厨房の皆さんに作って頂いている。私1人ではとても下準備が終わらない。
「それでもこの料理の知識はアンが持っていたものでしょう。確かこの件について、エンリコ殿下経由で王宮料理室からも応援の話があったと伺っていますわ」
「王家の皆様が口にするような料理ではありませんから」
勿論本当の理由は異なる。頼むからこれ以上王家とお近づきにしないでくれ本当に。そっちが本音だ。
勿論マリもその辺についてはよくわかっている。お互い似た立場で共犯者的な面もあるから。
「それにしても本題の方、今日もいらっしゃらなかったですわね」
「まだ此処ではじめて3日しか経っていませんわ。話が広まるのはこれからでしょう」
確かにマリの言う通りだ。焦る事はない。
マノハラ家の皆さんも新しい郷土名物の料理が出来たと言って喜んで手伝ってくれている。現マノハラ伯爵からも承認済み、いや積極的に手を貸してくれていたりする。
それに感謝して看板に書かれた正式名称が『イ・ワミ王国ミタニ直伝、次男インスパイア系ラーヌン』。私達の目的と領地の宣伝を兼ねてこんな名前となっている。
それにしても●郎インスパイア系ラーメンが名物料理か。正直狂っているなとは思う。けれどそんなの日本のごく一部の時代から転生した者しかわからないだろう。気にしたら負けだ。
「あれ、もう終わりですか」
おっと、今度は女性だ。年齢は十代後半程度といったところだろうか。胸はそこそこ発達していて私の好みではない。
見た通りだよと言いたいのを堪え営業スマイルで答える。
「ごめんなさい。材料がなくなってしまったものでして」
「この屋台は何時くらいからやっていらっしゃるのでしょうか」
「昼12の鐘からやっています」
「わかりました。あとテイクアウトはあるのでしょうか」
「ごめんなさい。麺が伸びやすいものでここで食べるだけなんです」
「わかりました。ありがとうございました」
ふとひっかかる。夜の屋台にはあまり女性は来ない。特にこの人みたいな若い女性は。これはひょっとして
しかし判断するには早い。まだ屋台の時間とテイクアウトについて聞かれただけだ。ここで後追いをかける必要はない。疑問があるならまた来るだろう。
そう判断して私はあえて女性が去るのをそのまま見送る。
『いいのでしょうか。そのまま行かせて』
伝達魔法でマリがそう尋ねて来た。やはり彼女も怪しいと思ったようだ。
『まだ確定した訳ではありませんわ。それにおそらくまた来ることでしょう。今度はおそらく昼、確実な時間に』
『確かにそうですわね』
「それでは帰りましょうか」
「そうですわね。ゴーレム!」
マリは得意の土属性魔法でゴーレムを召喚する。屋台を引っ張る為だ。
目的地はこの先
実際に屋台を仕舞っているのはその中ではない。実はこの屋台、毎日移動魔法でマノハラ領のミタニまで運んでいっている。そこでマノハラ伯爵家本館厨房の皆さんが仕込んだ材料を屋台にセットしてここへ持って来ているのだ。
しかし人目のあるこの広場で移動魔法を使う訳にはいかない。だからガレージ的な場所を借りてその中で移動魔法を起動しているのだ。
なお借りている場所に寝床もあるのだが勿論使っていない。狭いし風呂も無いし寝心地も良くないから。マノハラ伯爵の好意でマノハラ家本館の客用寝室を2室お借りしている。
私もマリも実家が没落してしまったので頼れない。まあ元々頼りたくない実家ではあったけれど。そして学校の寮住まいだったから帰る場所もない。
そんな訳でついついリリアの実家にお世話になってしまっている。
それにしてもこの国の夜は暗い。街灯なんてものが存在しないから。私達は魔法灯に似せたガラスの器具、実際は私自身の灯火魔法で道を照らしながら、ゴーレムが引く屋台にあわせてのんびり歩く。
明日こそは進展があるといいな。でもこのまま気楽な屋台稼業も悪くないかな。全国を屋台を引いて歩くなんてのもばかばかしくて悪くないかも。
そんなくだらない事を考えながら。
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