後部座席に死体を乗せて
葛貫が小柄な男だったため、ケンジの自家用車まで運ぶのはとても容易だった。葛貫を後部座席に寝かせるように放り投げ、ケンジは運転席に、弥生は助手席へと腰をおろした。
ひとつ問題だったのは、服に彼の血がついてしまったことくらいだった。制服姿だったため、新しく買い換えたりなどを考えると少し面倒に思えた。
ケンジいわく県境にある山がベストだということで、早速、ケンジはその場所へ向けて車を転がした。
「いやー、しかし死んだね」
すっかりいつもの調子を取り戻したようで、ケンジは鼻歌でもくちずさみそうな明るい口調で話す。現にハンドルを握るその指は、トントンと軽やかなリズムを刻んでいた。
「もう。私はとんだとばっちりを受けたかたちになったわ」
「ははは、そりゃねーぜ弥生ちゃん。弥生ちゃんがほとんどやったていうのに」
「そ……そんなのしょうがないじゃない。だってあいつが……あいつがキモかったんだもの」
あいつが過去の自分に似ていたんだものという言葉を飲み込んで、なんとか理由になりそうな言葉を口にした。
するとケンジはゲラゲラと下品な声で笑い始めた。
「なに? そこ笑うとこ?」
「だってさ、今のしゃべり方クズ公そっくりだったから」
弥生は顔が赤くなるのが自分でもわかった。ああはなりたくないと思ってすぐに、似ていると指摘されたのだ。恥を感じてしまうのも当然といえた。
「なによ。そんなこといわなくったていいじゃない」
「ごめんごめん。そんなにむくれないでくれよ」
未だに笑いをこらえながらもケンジは謝罪する。
「クズ公のこと嫌っていた弥生ちゃんにそんなことをいっちゃーダメだよな。ごめんなさーい」
「べつに嫌っていたわけじゃ……」
「嘘、嘘。絶対に嫌ってたね。だってクズ公を見る目がヤバかったぜ。殺意がこもってたもん。てか、実際殺しちゃったし、ははは」
端から見てもわかるほど、そんなに嫌悪感丸だしだったのだろうか。それなのに、葛貫は媚びた笑いをやめなかったのは、それに気づかないほど鈍感だったからだろうか。いや、おそらく違う。嫌われているとわかっていたからこそ、あの笑みを絶やさなかったのだろう。かつての自分がそうであったように。
葛貫の考えていることが自分のことのようにわかってしまうのが、なんだかとても悲しかった。
「はいはい、嫌いですよー。声をかけられた瞬間から、顔がつぶれて後ろで寝ている今に至るまで、ずーっとね」
「あはははは、ひでー。死人になった今でも嫌いって、あんたは鬼か。あ、ていうかそもそも殺人鬼か」
「ふふふ、うまいこといわないでよ。そもそもケンジのほうはどうなのよ? あんだけ暴力振るっていたくせに、長い間一緒に住んでたんでしょ? どういう神経してんのかさっぱりわからないんだけど」
何気なく聞いたが、これはずっと疑問に思っていたことではあった。
正直、弥生としては、いくら自分に利点が大きかろうが嫌いな人間と一緒に住むなんて考えられないことであった。それなのにケンジは高校時代から合わせると、八年近くそばにいるのだ。彼の考えがまったく理解ができなかった。
「好きだったよ」
「え?」
意外な回答にふざけているのかと思い、ケンジの顔を見返す。だが、その横顔は真面目そのものだった。
「だって、俺の友達ってあいつくらいしかいなかったし」
以前聞いた「トモダチ」とバカにしたような響きは感じられなかった。弥生にはますます二人の関係性がわからなくなっていた。
「やっぱり意外だった?」
「そりゃ、あんなに暴力振るってたんだもん。意外にも思うよ」
「俺たちはそれくらいでしか繋がり合えなかったんだよなー。もちろん、それがおかしいことは俺だって百も承知だったけどね」
そういってケンジは自嘲気味に笑う。
そんな笑顔のケンジを見たのは、この数時間で初めてだったので弥生は少し戸惑った。
「まあ、そうはいっても、殺したことに後悔はないけどね。だから、好きっていってもそれくらいの感情だったってこと」
「じゃあ恋愛感情はなかったんだ」
弥生は少し重くなった雰囲気を変えようと軽口を叩く。
「俺とクズ公が? はははは、ないない。百パーない。クズ公を掘るくらいなら、墓穴でも掘ってるほうがマシだから。って今から堀りにいくんだけどね」
弥生の気遣いが功をそうしたようで、ケンジは少年のような笑顔へと戻っていた。
「ていうかさ、こんな感じのやりとりファミレスでもしなかったっけ? 俺ってどんだけゲイキャラなんだよ」
「だって、こんな可憐な美少女が助手席にいるのに襲ってこないなんて普通じゃないでしょ?」
「いやいや、血塗れ、ゲロ塗れの女なんて誰も抱きたかないでしょ」
「あ、ひどーい」
弥生がわざとらしく睨んで、ケンジもわざとらしく怯えるという、これまたさきほどと同じようなやりとりをして二人は笑い合った。涙が出るほど笑ったあと、弥生はふとあることに気づいた。
「……そういえば、掘るっていえばさ」
「ちょっ! 俺のゲイ疑惑の話はもういいでしょ?」
ケンジが慌ててツッコミを入れるが、弥生はなにも彼の性癖をこれ以上どうこういう気はなかった。
「いや、違うって。これからこいつを埋めにいくんでしょ? スコップとか掘るものってあるの?」
ケンジは「へ?」と、間の抜けた声を出すと、しばらく呆けた顔で運転を続ける。そして、思い出したかのように急ブレーキをかけた。
キーッと、ゴムとアスファルトが擦れ合う音が車内に響くと、弥生の体は前のめりに崩れた。
弥生はそんな危険な運転に文句のひとつでもいってやろうと口を開くも、それよりも先にケンジが悲鳴に似た声をあげた。
「やべー! 穴掘る道具のこと、なんにも考えてなかったー!」
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