第45話 来客

 いつものように、エプリオン線で運行している機の点検に入るドレイク。

 そこに、エプリオン線の社長であるホロギンがやってくる。


「いつも精が出るね」

「いえ、いつものことですから」


 そういって、簡易的な整備を続ける。

 そしてチェックを終えて、運転席に乗り込む。


「では、本日の業務に移ります」

「うん。頑張ってきてね」


 そういってホロギンは、ドレイクのことを見送る。


「なんか、また無茶している顔をしてるなぁ」


 穏やかな笑顔が少し崩れる。

 それは、心配事をしている親のような顔だった。

 一方で、ドレイクは淡々と業務をこなす。

 軍に所属していた期間に培われた操縦技術は、このエプリオン線でも遺憾なく発揮されている。

 操縦桿をどう動かせば、機体がどのように動くのか、初見で乗り込んだこの機体をいとも簡単に操縦してみせたドレイク。

 今では自分の手足のように動かす事も可能だ。

 そして無愛想ながらも、苦手な接客を行っている。

 それはドレイクにとってみれば、大きな進展とも言えるだろう。

 人を乗せて宇宙を駆け、人と接して、人と関わり合う。それはまさしく、人間の姿そのものだろう。


「そうだ、俺は死神なんかじゃない。戦友を見捨てたりするような奴じゃない。普通の人間だ。俺は俺なんだ」


 そう、操縦席で呟くのであった。

 この日の業務も終わり、本社兼格納庫へと戻ってきた。

 そして、軽く機体のチェックをして、事務所へと入ろうとした時である。

 事務所の中から、誰かが話している声が聞こえてきた。


「こんな場所に来客か?ありえんだろ……」


 そういって問答無用で事務所の中へと入る。


「ただいま戻りました」

「あ、おかえり」


 そういってホロギンが出迎える。


「実はドレイク君にお客さんが来ているんだ」

「自分にですか?そんなまさか。今更自分に会いたがる人間なんて居ませんよ」

「とにかく、会ってくれないかい?」


 そういってホロギンは、ドレイクの背中を押す。

 ドレイクは仕方なく、応接間に行く。

 するとそこには、見知った顔があった。


「ユリヒット中佐……」


 そう、かつてドレイクが軍に所属していた時の上官である中佐がいたのだ。


「久しぶりだな、ドレイク」

「え、えぇ。お久しぶりです」


 しばしの沈黙。一体何を話せばいいのか、迷う所である。


「あ、僕お茶入れてくるね」


 ホロギンが、その場から離れる。

 再び長い沈黙。

 それを破ったのは、中佐であった。


「……お前が軍を離れてから、かなり時間が経つな」

「えぇ。そうですね」

「どうだ?今の仕事は」

「攻撃機乗りしてた時より退屈ですよ」

「それもそうだな」


 そういって中佐は、少し笑う。


「さて、ここからが本題なんだが、聞く覚悟は出来ているか?」

「えぇ、勿論。内容はなんとなく察しているので」

「そうか。では用件を簡単に話すとしよう」


 そういって中佐は席を立ち、改めてドレイクに向き合う。


「ドレイク大尉。直ちに原隊に復帰してくれ。今は国境付近で騒動が起こっている」

「どうして急にそんな話を?」

「軍の機密情報であまり詳しくは言えないが、今クーデターが発生しようとしている。そこで、元エースパイロットである君の技量を踏んで、こうしてお願いをしているんだ」

「しかしユリヒット中佐、自分はすでに退役した身。普通ならば現在の軍には戻ることはないでしょう」

「そうだ。君は退役軍人だ。しかしそれは、退役という名の軍隊に所属しているという意味だ。すなわち、現役の軍人として籍を移動させることも出来る」

「それはそうかもしれませんが…」

「とにかく、我々としてはドレイクに戻ってきてほしい。ただそれだけだ」


 そして再びの沈黙。ドレイクの感覚としては、長い沈黙であった。


「あれ?話終わっちゃったの?」


 そこに現れたホロギン。

 微妙に重苦しい空気が流れていたところにやって来てしまった。

 しかし、そんな空気を無視して、ドレイクにお茶を出す。

 それを受け取ったドレイクは、一口だけ口に含む。

 それを見たユリヒット中佐は、席から立ち上がり、そのまま出口へと向かう。


「中佐……」

「するべき話は終わった。今日は帰らせてもらおう。2週間後、また返事を聞かせてくれ」


 そう言ってユリヒット中佐は、事務所から出ていった。


「……お茶入ったばかりなのに」


 そういって、ホロギンは渋々お茶を片付ける。

 ドレイクはお茶を持ったまま、その場に立ち尽くしているだけだった。

 その夜も、ドレイクはまた悪夢を見た。

 それは、これまで死んでいった仲間が黄泉の国からやってくるものだった。


『ドレイク……』

『なぜ、助けてくれなかった……』

『俺たちは待っていたのに……』

「やめろ……!来るなっ……!俺は……、俺は!」


 その瞬間、ドレイクはハッと目を覚ます。

 息は上がっており、寝汗で服は濡れている。


「……弱ったな。こんなことなら、シャワー室でもつけてもらうべきだったな」


 そういってドレイクは、今日もまたエプリオン線を走るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る