第46話 覚悟

 それから1週間ほどが経過した。

 ドレイクは、ユリヒット中佐の言葉が頭の中で反復する。


『ただちに原隊に復隊してくれ』


 その言葉は、ドレイクの心を揺さぶる。


「いや、俺は現役を退いたんだ。もう関係ない」


 そう自分に言い聞かせる。

 退役してからは、いくつかの仕事を転々とした。

 どこも長くは続かず、最終的にホロギンが拾ってくれた形だ。

 ドレイクにとって、ホロギンは恩人の一人である。


「この恩はいつか返さないといけない。今はまだその時じゃないんだ」


 しかし、ドレイクももう若手ではない。普通の生活をしているのならば、とっくに結婚をして、子供を授かっている歳だ。

 独身貴族を楽しんでいるわけではないが、もう少し人生に向き合ったほうがいいとは思っている。

 そんな感じで、この日もいつも通りエプリオン線の運行を終えた。

 ローカル線なだけあって、乗客はちらほらしかいない。だが、接客を苦手とするドレイクにとっては、ありがたい限りである。

 そのまま事務所の方に戻ると、ホロギンがテレビをつけていた。

 どこかのニュース番組のようだ。


『……現在の惑星ディディラの様子ですが、とある情報筋によると、行政区画が駐留陸軍にによって占拠された模様です。繰り返します。今から1時間ほど前に、惑星ディディラに駐留している陸軍が、クーデターを起こしました。彼らの要求によりますと、惑星ディディラを共和国から独立させ、対等な外交を望むとしています。駐留陸軍の一部は、戦車を持ち出して、市民に対して弾圧を加えているとの情報もあります。これに関して、共和国政府は、事態の収拾に努めると共に、武力をもって素早く駐留陸軍を制圧するとの声明を発表しました……』


 ユリヒット中佐の言う通りになった。

 惑星ディディラは国境近くにある地方惑星の一つだ。ラサイド連邦にほど近いため、軍の配置は万全の状態になっているはずである。

 そんな場所でクーデターなんて発生したらどうなるだろう。

 駐留陸軍を支援している組織が得をする。ではその支援している組織とは一体何か?

 可能性のあるものとして、一番に上がるのはラサイド連邦だ。連邦と繋がってる反社会的組織が、何年もかけて惑星ディディラに入り込んでいけば、自然と連邦を支持する思想に染まっていく。

 その思想に染まった人間が、ある程度自由の効く役職につけば、あっという間に思想は拡散する。

 こうして反旗を翻す覚悟を持った軍人が、結果としてクーデターを発生させるのだ。


「ドレイク君、どうする?」


 ホロギンが、ドレイクの方を見る。

 その言葉には、いろんな意味が含まれていた。

 ドレイクは考える。

 このまま放置するか、それとも、自分自身が動くか。

 しかし、今更軍には戻れない。

 彼の犯した罪、もしくは周囲の視線とでも言うべきか。それが邪魔をして、結論を出せずにいた。

 ドレイクは、自分自身が軍にいるべきではないと思っている。

 果たしてそれは本当なのだろうか。

 それはドレイクが決めることではない。だからといって、他人が決めることでもない。

 では誰が決めるのか?

 それを決めることが出来るのは、戦場で散っていった戦友だけである。


「……あいつなら、どう言っただろうな」


 答えを聞きたいが、残念ながらそれはできない。

 だが、自然と答えは出ているように感じた。


『ドレイクは、ドレイクの信じる道を進んでいけばいいよ。それが正解でなくても、きっと何かの意味にはなるさ』


 まるで幻聴のようなささやきを、ドレイクは確かに聞いた。


「……そうだな。お前の言う通りだ。俺はまた、魂の場所戦場に戻るよ」


 そう決めたドレイクは、ホロギンに伝える。


「社長、すみません。俺は行かないといけない場所が出来ました」

「そう。それは仕方ないね」

「辞表は後で出します」

「うん、分かった。気を付けて行っておいで」

「はい」


 そういってドレイクは、必要最低限の荷物を持って事務所を出た。

 そのままタクシーを拾う。


「お客さん、どちらまで?」

「首都星の国防総省までだ。飛ばしてくれ」

「一応、安全運転が我が社のモットーなんですけど」


 タクシーの運転手は、そんなことをぼやきながら、出発させる。

 その間ドレイクは、非常勤で入っている軍学校に連絡を入れた。

 内容は、軍学校での勤務を辞めること、そして軍に復隊するという旨だ。

 連絡を入れた学校長は、残念がる様子を見せた。

 しかし、ドレイクが元エースパイロットであることや、優秀な成績を残している事を加味して、特別に非常勤を辞める事を受理してくれる。

 そうしている間に、タクシーは国防総省へと到着した。

 ドレイクは、国防総省の中にある、退役軍人専門の部署を訪ねる。

 そこには、まるでドレイクの行動を予知していたように、ユリヒット中佐が待っていた。


「よく来たな、ドレイク大尉。待っていたぞ」

「中佐、よく自分が来ると思いましたね」

「ただの勘だ。私の勘は良く当たるほうでね。とにかく本題に入ろう」


 そういって、中佐は書類一式を取り出す。


「これにサインをすれば、君は晴れて原隊に復帰だ。最後の忠告だが、止めてもいいんだぞ?」

「いえ、俺はやります。戦場で散っていった戦友のためにも」

「そうか。相当の覚悟を持って、ここに来ているんだな」


 ドレイクは書類をよく読み、そしてサインした。


「これで君は、再び軍人となった。おめでとう」

「ところで、俺は一体どこに所属になるんです?」

「その話と関係するんだが、早速で申し訳ないが、クーデターの鎮圧に向かってくれ。所属部隊は第13艦隊第219巡航艦隊だ」

「了解」


 そういってドレイクは、翌朝の始発の便で第13艦隊第219巡航艦隊の管轄へと向かった。

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