第44話 過去
むせかえるような熱気。胃がちぎれるような吐き気。消え去る痛覚。
何もかもが無茶苦茶で、そして何もかもが許された場所。
それが彼の認識していた戦場というものだった。
今から数年前ほど時をさかのぼる。
世の中では、銀河戦争が行われてた時代である。
そんな銀河戦争の、とある戦場。
攻撃機に乗り、宇宙を駆ける男がいた。
コーウェン・ドレイクである。
『ドレイク!これ以上は危険だ!すぐに撤退しろ!』
ドレイクの戦友が帰還するように促す。
「いや、まだだ。まだ敵が残っている。全部墜とさなければ……」
『ドレイク!もう戦果は十分だ!今すぐ戻ってこい!』
当時敵であったラサイド連邦の前身、ラサイド公国の前線基地が存在していた惑星。
その基地を破壊し、戦線を押し込むため、残存戦力の約4割を投入する大規模作戦であった。
その時までは凡人の活躍をしていたドレイク。
しかしこの戦場で、ドレイクは自身の命を削りながら、一騎当千の活躍を見せていた。
そしてその活躍は、ドレイクを戦場へとかき立てたのだ。
この戦闘だけで、敵の宇宙戦艦を1隻、巡航艦を2隻も沈めている。
さらに、攻撃機であるにも関わらず、敵の戦闘機を20機以上も墜としていた。
彼の脳内ではアドレナリンが大量放出されていて、もはや理性は暴走状態だ。
時折、ヘルメットが煩わしく感じて脱いでしまう時もあったが、それ以上に敵に攻撃する方が忙しかった。
呼吸も次第に細かくなり、もはや過呼吸に近い。
しかしそれでも、敵を墜とす事に執着していた。
「もっと、もっと、もっとだ……。もっと敵を墜とさないと……」
ドレイクは完全に強迫観念に囚われていた。
『ドレイク!聞いているのか!?おい!』
戦友は必死にドレイクの事を止めようとする。
しかし、それでもドレイクは止まらなかった。
1機、また1機と敵機が墜ちていく。
その感覚が、次第に快感へと変わっていった。
ドレイクが照準を合わせて引き金を引けば、敵機は面白いように墜ちていく。
止まらない。止められない。アドレナリンが全力で放出されている状態では、どんな制止も意味をなさなかった。
ドレイクが次の敵機を狙おうとしていた瞬間である。
ドレイクの機体の死角から、敵の戦闘機が接近してきた。
そして、ドレイクの真後ろに張り付く。
『ドレイク!後ろ!』
その言葉が聞こえた時には、既に遅かった。
敵の照準は、ドレイクの機体にピタリと定まる。
そして機銃掃射を行う。
ドレイクは、自分の死に場所を見た感覚に襲われる。
(俺は、ここで死ぬんだ……)
一瞬が永遠のようにも感じた。
これまでの平凡な日常が、脳裏にフラッシュバックする。
これが走馬灯か、と思いながら、目をつむった。
その瞬間。
『させるかぁ!』
戦友の機体が、ドレイクと敵機の間に飛び込んでくる。
戦友は、機銃掃射によってたちまち燃え上がり、そして爆発四散した。
その隙に、ドレイクは前を飛んでいた戦闘機を墜とし、そして真後ろにいた敵機も墜とす。
「お、おい……」
敵機を墜としたことを確認すると、ドレイクは真っ先に戦友の元に飛んでいく。
コックピットから飛び出し、残骸の元に近寄る。
しかし、残骸は火花を飛び散らしており、近づくことすらままならない。
「あ、あぁ……」
ドレイクはその場で浮いていることしか出来なかった。
しかし、すぐに自分の現状を思い出す。
すぐさま自分の機体へと戻り、その場を離脱する。
確実に戦友は死んでいた。
しかしその死が、ドレイクの事を正気に戻したのだ。
ドレイクはすぐさま、母艦へと帰還する。
『ドレイク、ようやく戻ってきたか』
整備長が通信で声を掛けてくる。
しかし、ドレイクは返答することが出来ない。
『どうした?ドレイク。何かあったか?』
「……戦友が、死んだ……」
『なるほどな。まぁ、死んじまったのは仕方がない。そいつはそういう運命だったんだな』
そういって、ドレイクを乗せた機体は、母艦の格納庫へと移動する。
それから数日間、ドレイクの噂話が艦内に広まっていた。
「ドレイクは戦友の死も利用して戦果を上げていたらしい」
「攻撃機で戦闘機を相手にしてる時点で、人間を辞めている」
「たった一回の戦闘でエースになったからって、偉そうにしているのが気に食わない」
「あいつは死神だから、敵味方関係なく死んでいくんだ」
時には陰口を、時にはドレイクに聞こえる声量で話す。
それに、ドレイクは耐えられなくなった。
「やめろ。俺だけじゃなく、あいつのことを悪く言うな」
ドレイクは思わず耳を塞いでしまう。
しかしそれに関わらず、ドレイクに対する嫌味や罵倒は尽きない。
「やめろ、やめてくれ。もう散々なんだ」
ドレイクを取り囲む声は大きくなる。
「っ……!やめろぉぉぉ!」
その瞬間、ドレイクはベッドから勢いよく起き上がる。
そこは、エプリオン線本社の仮眠室であった。
「……夢か」
悪夢を見たと、ドレイクは思う。
しかも現役時代の悪夢。彼にとってみれば久方ぶりだ。
「……仕事の時間だ」
そういって仮眠室を出る。
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