第38話 独白

 長い沈黙。

 そして、何かあきらめたように、ルクリューナは話し始めた。


「……ウチは、アシュリット星系の中でも少数民族に数えられる、ニボラ民族の末裔なの」

「にぼら?」

「ウチたちニボラ民族は、アシュリットの小さな島で暮らしてた。一説によれば、ニボラ民族はある力のせいで、島に閉じ込められたと言われているわ」

「ある力……」

「ニボラ民族は、昔からオカルトチックな事象に長けていたわ。未来予知、念力、テレパシー……。普通の人間からしてみれば、ありえないような現象を取り扱うことが出来たの」

「でもそれって、今回の護送任務と何か関係あるの?」


 そういうと、彼女はさらに丸くなって、説明を続ける。


「……ニボラ民族に流れている血は、不治の病を克服することが出来るとか、不老不死になれるとか言われていたわ。勿論、そんな事実は現代医学の観点から否定されているんだけどね。でも、さっきみたいな宇宙海賊やマフィアの連中にこの噂が流れちゃってね。こうやって星間を移動するときは、軍の警備が必要になっちゃったの」


 その話を聞いて、フクオカたちは黙っているほかなかった。

 それは本人にしか分からない悩みだ。フクオカたちが助言できるような物ではない。


「でも、ウチたちニボラ民族は、未来予知が出来る存在。命中確率はそこそこ高いから、利用価値があると共和国政府は判断したんだと思う。ニボラ民族の全員が、民族保護の名目の元、共和国政府が管轄する特別施設に半分幽閉されているわ。でも、生活に必要な費用は出してくれるし、一部の同胞は自ら進んで働きに出ている。そんな中、政府は私の事をアイドルにさせた。急な話だったけどね」


 ルクリューナの独白。

 それには生々しい理由がくっついていた。


「……ん?そうすると、貴方は嫌々アイドルをやっているわけ?」


 フクオカが質問をする。


「嫌々って程ではないけど、あまり気は進まないわね」

「どうして共和国は貴方の事をアイドルなんかにしたの?」


 さらなる質問が飛んでくる。


「多分、共和国が進めている少数民族保護法の広告塔として私の事を起用するって言ってたわ」

「……それが本当だとしたら、政府のエゴでしかないわね」

「実際その通りよ。共和国の思惑通りにウチは動いているわ。そんなこと分かりきっていることなのに、ウチは辞められないでいる」


 ルクリューナの目には、若干涙が浮かぶ。


「それってつまり、利用されているって事よね?」


 フクオカが突っ込んだ話をする。


「えぇ、完全に利用されているわね。同胞の中には、共和国政府の政策に関する未来予知をやっている人もいるわ。それと同じよ」


 そうルクリューナは言うものの、その声には悲しみのような感情はなかった。


「でも、利用されている事に反対しなかった。それしか道は残されてなかったから。でも、それ以上に、喜びが優っている私がいたわ」

「喜び?」

「そう。自分を偽る。そのことに喜んでいた。『ウチ、堂々としててもいいんだ』って」


 そういうルクリューナは、どこか救われたような、自分自身を取り戻したような顔をする。

 それはまるで、自分の信じる神に救いを求めるような姿であった。

 本人は気づいていないかもしれないが、その姿は、傍から見れば狂人のそれにしか見えない。

 だが、本人がそれで良しと言っているのだから、それ以上の説得は意味をなさないし、かえって逆効果になるかもしれない。

 フクオカたちは彼女の意見を尊重することにした。

 そんな時、部屋に備え付けられている電話がなる。

 フクオカがその電話に出ると、上官からの電話だった。


『もうすぐでアシュリット星系に到着する。降りる準備をしてくれ』

「了解」


 そういってルクリューナに向き直る。


「もうすぐでアシュリット星系に到着するわ。降りる準備をして」

「ウチは問題ないわ。それは護衛主任に言って」

「分かった」


 そういって、部屋の外にいる護衛に話を通す。

 そうして艦橋に戻ってきた彼女らの目の前には、一つの惑星があった。


「あれがウチのふるさと、アシュリットよ」


 そういって懐かしそうにその惑星を眺める。

 それからは、連絡用小型飛行艇によって地上に降りた。

 降り立った飛行場で、ルクリューナはアシュリット総督府によって、熱烈な歓迎を受ける。

 そしてそのまま総督府の準備したライブ会場へと直行した。

 その会場に、フクオカたちも同行する。

 ライブ会場には、ルクリューナを待っているファンの人が大勢詰めかけていた。


「今日もいっぱいお客さんいるね」


 そんな事を呟くルクリューナ。

 その舞台袖には、フクオカたちの姿もあった。


「彼女の凱旋ライブか。そりゃ共和国一のアイドルが来るっていうんだからな。地元の人間としては応援せざるを得ないだろうな」


 そんな事をフクオカを男性同僚が言う。


「それじゃ、今日も張り切っていこう!」


 そういって、ルクリューナは舞台袖からステージへと飛び出していく。

 その様子を見ていた男性同僚は呟く。


「彼女にとって、アイドルは天職なのかもしれないな」

「でも幸せかどうかは分からないじゃない」

「あぁ、そうだな。だが、かりそめの幸せだったとしても、彼女にとってそれが大切なんだろうよ」


 そんな事を言って、フクオカたちは舞台袖からルクリューナの事を見守った。

 そして、ライブは大盛況で終わる。

 そこには、一人の少女が輝いていたのだった。

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