第36話 悩み

 いくらワープが使えるからと言って、限度というものが存在する。

 ロクシン共和国は、銀河の約4分の1程度の領土を持つ超巨大星間国家だ。

 当然の事ながら、その星自体は共和国の一部であるものの、交通の便が悪すぎて孤立している惑星も数多い。

 フクオカたちが所属している第13艦隊の管轄でも、そういった惑星はいくつかある。

 そのため、共和国に加盟しておきながら、事実上惑星自体が独立している状態である場所も少なくないのだ。

 そんな惑星の一歩手前の状態にあるのが、アシュリット星系である。

 アシュリット星系は共和国の統治下にあるものの、自主的な惑星運用や高度な自治政策が適用されている、共和国でも珍しい星系だ。


「……オンライン大百科にはそう書かれてる」


 フクオカの男性同僚が、プライベート用端末を使って情報を仕入れる。


「つまり、今から行く場所って超ド田舎ってこと?」

「そうなるだろうな。ただ、居住惑星である第4惑星は、周辺のスペースコロニーも合わせて、106億人が居住する星系らしい」

「100億ねぇ……。まぁ、人間が住める程度の惑星にしては多い方ね」

「でもそんな星系に、なんで私たちが行くんだろう?」

「知らんな。だが、総司令部だって馬鹿の集団ではない。何かしら狙いがあって俺たちを動かしてるんだろうよ」


 そんな事を言っていると、後ろから上官がやってくる。


「お前ら、そろそろお客さんを艦橋から降ろしたいのだが、案内役と今後の世話役として任務に就いてくれないか?」

「え?アタシたちが、ですか?」

「そこは船務の仕事でしょう」


 フクオカたちは抗議の声を上げる。


「それもそうなんだが、昨今の人員削減が響いていてな。船務課もそこまで暇じゃない。一方、我々作戦課は作戦の立案と遂行以外には、特にやることがない。これは艦長や艦隊指揮官の意向も含まれている。どうかよろしく頼むよ」


 そういって上官はどこかへ去っていく。

 それと入れ替わるように、ルクリューナがやってくる。相変わらずフードを深くかぶっており、顔は見えない。


「対象が休憩出来る部屋はないか?」


 護衛主任がフクオカたちに尋ねる。


「あー……、それでしたらアタシたちの部屋の予備でも使ってください」


 そういって、フクオカたちが使っている女子部屋の余りを紹介する。


「念のため、中を調べさせてほしい」


 フクオカたちは、そんな心配はないと言ったが、護衛主任は聞く耳を持たない。

 結局、フクオカたちのほうが折れ、部屋に入れる。

 護衛の二人は、部屋の中を丹念に調べると、部屋の使用許可を出す。


「周辺は我々が護衛する。諸君らは中に入って、対象の観察を要請したい」

「それってつまり、アタシたちが彼女の護衛をするってことですか?」

「そう解釈してもらって構わない」


 いよいよ面倒な事になってきた。

 しかし、彼らはいわゆるお客さんで、フクオカたちはそれに答えなければならない。

 それに、彼らに逆らうと何をされるのか分からないといった不安もついてくる。

 フクオカたちは仕方なく、部屋の中に入ろうとした。


「……ん?なんで男のアンタも入ってくるのよ?」

「男子禁制よ」


 そういって、フクオカの男性同僚は外に放り出される。

 そこには、護衛が三人、怖い顔をして立っていた。


「あっははは……。失礼しました……」


 男性同僚は、その場からさっさと逃げた。

 一方、女子が三人、部屋の中で静かに座る。


(すっごい気まずい……)


 ルクリューナは、フクオカが苦手とする寡黙な人間だ。積極的にコミュニケーションを取ることはないものの、時折感じる強い視線が恐怖に感じる時もある。

 何か話題でも振ろうかと考えるが、適切な答えが見つからない。


(まさか、今日はいい天気ですね、なんて言えるわけないしぃ……)


 悶々と考えていると、ルクリューナの方から話を振ってきた。


「……ウチ、なんでアイドルなんてやってるんだろ……」

(まさかのお悩み相談?)


 フクオカは、思わず口に出しそうになった。それを抑えて、彼女の話を聞く。

 ルクリューナはベッドに転がり、丸くなる。


「最初、家族のためと思って、政府の言う通りにしてた。でも、それだと、胸の奥にある何かがぽっかりと穴が開いたように感じるの」

「あ、あぁ、よくあるよね!アイデンティティの喪失って言うの?そういう奴、アタシもなった事あるわー!」


 彼女に話を合わせるために、明るく振る舞おうとするフクオカ。

 しかし、余計に彼女は小さくなってしまう。


「あなたたちはいいわよね。ウチなんかより軽い悩みしか持ってないんだから」

(これは意外と面倒なやつだ)


 そうフクオカは察する。

 そんなフクオカの心情なんぞ知らずに、ルクリューナは続ける。


「ウチ、一体何者なんだろ……」


 正直言って、ルクリューナはフクオカたちより若い。

 この年頃になると、いろいろと思うことはあるだろう。

 フクオカも何かアドバイスが出来ないか、考える。

 そんな時であった。

 急に艦全体が揺れる感覚がする。


「何!?敵襲!?」

「あいつらが、あいつらが来たんだ……」


 そうルクリューナが呟く。

 それに合わせるように、護衛が部屋の中に突入する。


「現在、対象を狙った攻撃が始まったと認識。対象の護衛レベルを2に引き上げ」


 そういって、護衛がルクリューナを取り囲む。


「ちょちょちょ、どういうこと!?」

「アリサ。もしかしたら、宇宙海賊が来たのかも」

「宇宙海賊?まさか……」


 現在、宇宙軍で最も恐れられているのは、同じだけの戦力を持つとされているラサイド連邦でもなく、同盟国のギャリオ帝国でもなく、共和国にはびこっている宇宙海賊である。

 連中は、レーダーで捉えにくいほどの小型の宇宙船に乗り込み、超至近距離で戦闘を行う。そのため、宇宙軍の持つ通常兵器のほとんどが効かない。宇宙軍の中には、対宇宙海賊専門の部隊が存在するほどだ。

 そのため、通常の宇宙軍が対処するためには、艦載機に頼るほかない。


「アタシたちは艦橋に向かいます!皆さんはここで待機していてください!」

「元よりそのつもりだ」


 そういってフクオカたちは艦橋へと走り出す。

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