第35話 対象

 数日後、第219巡航艦隊は、首都星に向けて出発した。

 フクオカたちが所属している第13艦隊は、首都星から見て辺境の地に所属している。

 そのため、第219巡航艦隊は複数回に分けてワープしなければならない。


「アタシたち、よくこんな地方でやってたよね……」

「そんな悲しいこと言うなよ。俺まで悲しくなるだろ」

「でもなんか、出向されたって感覚抜けきらないよね」

「それより、護送って一体誰なんだろう?」

「さぁな。少なくとも首相ではなさそうな雰囲気があった気がするが……」

「それに匹敵する重要人物なのかな?」


 フクオカたちは、ワープ中の艦内でそんな話する。

 少し古いものの、建造されてから10年程度の比較的新しい艦だ。

 当然、使っている機関も当時の最新鋭の技術を使用している。

 そのため、ワープは共和国の中でも速い方だ。さらにワープ出来る距離も比較的遠い。

 よって、ワープも10回やらない程で、首都星に到着する。


「さて、首都星にまもなく到着するんだが、命令は来ているか?」


 艦隊指揮官は、通信士に状況を聞く。


「まだそのような通信は来ていませんが……。あ、待ってください。今、機密文書が送られています」

「もしかすると、総司令部からの命令かもしれない。ダウンロードが済み次第、すぐに開いてくれ」

「はい」


 文書はテキストのみで構成されているようで、ダウンロードはすぐに終わる。

 通信士がファイルを開くと、そこには簡素な命令が書かれていた。


『18時間後に総司令部屋上にて、護送対象と警備を待機させる。これを回収せよ』

「……以上です」

「一体誰を護送するっていうんだ……?」


 艦隊指揮官は考え込む。

 わざわざ軍を出してくる程の重要人物。考えられるのは首相や君主クラスが国外に移動するくらいだろうか。

 しかし、現在公式に予定を発表している中で、そのような人物は一人としていない。

 もしかすると、公表することも憚られる程の人物なのだろうか。

 そもそも護送対象が人かどうかも分からない。総司令部は「ある人物の護送」と言ってはいるが、それもダミーの情報だとしたら、一体何を運ばせるのだろうか。

 そんな色々な疑問が交錯する中、時刻通りに護送対象を迎えに行くため、総司令部の屋上に連絡用小型飛行艇を下ろす。

 その中には、作戦課のフクオカたちが乗っていた。


「どうして俺たちが迎えに行かなくちゃならないんだ?」

「そうよね。船務課の担当じゃないのかしら?」

「なんか作戦課って、便利屋みたいな扱いなんだろうねぇ」


 ここ最近、愚痴ばかり言っているような気もしなくないが、愚痴を言うしか彼らのストレスは発散出来ないのだろう。

 そして総司令部の屋上に、連絡用小型飛行艇が降り立つ。

 そこには、複数人の影が見える。

 フクオカたちは、飛行艇から降りると、その人影に向かって歩いていく。


「第13艦隊第219巡航艦隊代表の者です。護送任務で来ました」

「私が護送対象の護衛主任だ」


 どうやら護衛は3人いるようだ。

 そして、3人に囲まれるように、一人の少女がいた。

 彼女はフードを深くかぶっており、顔はよく見えない。


「彼女が護衛対象ですか?」

「あぁ。シシュナ・ルクリューナだ」

「シシュナ・ルクリューナ!?」


 フクオカの男性同僚が声を上げる。


「ど、どうした?彼女の事知ってるの?」

「知ってるも何も、共和国のレジェンドスターアイドル、シシュナ・ルクリューナだよ!?」


 同僚は興奮気味に、彼女の自己紹介をする。


「彼女が歌えば、どんなに怒り狂った大男でも静かになると言われる美声!抜群のプロポーションを持ち、モデルとしても活躍!100万光年に一人と言われる、美少女オブ美少女のシシュナちゃんだよ!?」


 同僚は鼻息を荒くしながら、ある意味興奮していた。


「え、何……?ファンの方ですか……?」


 フクオカは若干引いていた。


「いやいやいやいや!知らないほうが珍しいよ!え、何?流行に乗らないタイプの人!?」

「怖……」


 止まらない同僚と、割としっかり引いてるフクオカ。

 その間に、護衛主任が割って入る。


「今は時間が惜しい。詳しい話は後にしてくれ」


 そう言って、護衛主任は飛行艇へと進む。

 それに合わせて、ルクリューナも一緒に飛行艇に乗り込む。

 作戦課の3人は取り残される。


「……とりあえず飛行艇に乗ろっか」


 フクオカの言葉で、彼女らは飛行艇に乗り込んだ。

 そして飛行艇は総司令部屋上から飛び立ち、大気圏外で待っている艦隊に向かう。

 飛行艇が無事旗艦に乗り込んだタイミングで、総司令部から次の命令が飛んでくる。


『護送対象をアシュリット星系へ輸送せよ』


 アシュリット星系は、共和国でも銀河外縁部の過疎地域に存在する、秘境のような場所である。第219巡航艦隊が管轄している場所と比べたら、アシュリット星系の方がド田舎だろう。

 第219巡航艦隊は旗艦を中心とする輪形陣で、アシュリット星系へ向けて出発する。


「アシュリット星系か。どうしてそんな辺境の地に、彼女を送り届ける必要があるんだ?」

「私には分かりかねます。しかし、総司令部には何か考えがあるのでしょう」

「……正直、私には軍を動かす程のことではないと思うのだがな」

「同感です」


 そういって艦隊指揮官と副官は艦橋の隅にいる少女を見る。

 そこには、艦橋の様子を見ているルクリューナがいた。

 その後ろには、作戦課の3人もいる。


「あの子って一応民間人でしょ?これテレビの取材でもしてるの?」

「いや、彼女と護衛以外は誰も乗せてないぜ?」

「そもそも総司令部の屋上に入れてる時点で普通じゃないでしょ」


 そんなフクオカたちの小話も意に介さず、ルクリューナは艦橋の外を眺めていた。

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