第3話 講義
それから軍学校での生活が始まった。
基本的に座学が中心なのだが、時々運動するために校庭に集められたりする。
この日は、基本的な運動能力をチェックするための体力テストだ。
「なんで宇宙に進出までしているのに運動しなきゃ行けないのよ?」
「地上制圧するときに、人間の限界を知っておかないと、無茶苦茶な作戦立てるからとか?」
「運動不足は健康を害するってことで、意図的にやってるらしいよ」
「結局そういうことになるのね」
フクオカの同期がそんな話をする。
そんな中、フクオカは一人黙っていた。
「アリサ?大丈夫?」
「え、あ、うん。平気だよ」
「なんか入学してから上の空って感じだけど……」
「もしかして、初日に大声出したの、まだ引きずってたりして」
「やめてよー。恥ずかしいじゃん」
そういって準備運動を続ける。
実際、フクオカは上の空だ。それは嫌な感じだったエプリオン線の運転士が、ロクシン共和国の英雄であった事に他ならないからである。
コーウェン・ドレイクという名前を聞けば、誰だって理解出来るほどの有名人だ。このように言えば聞こえはいいが、マスコミの策略もある。
だが、英雄と呼ばれるのにふさわしい戦果を挙げているのは事実だ。彼を英雄やエースと呼ばなければ、一体なんと呼べばいいのだろうか。
そんなドレイクに、フクオカは熱を上げていた時期があった。夢中で彼のグッズを買いあさったり、映像化された物だったらどんなものでも見ていた。
(あー、やっばい……。すごく恥ずかしいわ……)
フクオカは顔が真っ赤になりそうだった。しかし、それをこらえて体力テストに望む。
結果としては、平均より上というものだった。悪くない結果だろう。
体力テストの結果は、今後の座学との組み合わせで使用するらしい。
その一方、座学は基本的な教養科目から、専門科目まで幅広く取り扱う。
特に専門科目では、今後兵士を指揮する側としてやっていくために、戦術や兵站に関する事を重点的に学習する。
そんな中、週に1回のペースで、ドレイクによる講義が行われる。
その講義は、艦隊運用と艦載機の取り扱いについて。
内容はまちまちだが、ドレイクの気の向くままに、授業が執り行われる。
「……まず艦隊というのは、足は遅いが装甲を持っている分だけ耐久性に優れる。一方で艦載機は、まぁ機体にもよるが、足は速いが装甲がないことが多い。これらをしっかり認識しているかしていないかで、今後の演習で差が出やすいから気を付けろ」
「……艦隊には様々な陣形があるが、基本的には旗艦を頂点にした円錐形の形で構成される。これは前面への攻撃能力を最大にするための工夫だ。問題は旗艦を先頭にするか、それとも殿にするか。現在の艦隊運用思想では、前者が速度重視の陣形、後者が攻撃力重視の陣形と考えられている」
「……宇宙空間は立体的なのは常識だろう。一方で、我々が認識しやすいのは平面だ。大気圏内でバーティゴに陥るという話はしょっちゅう耳にするが、宇宙でもバーティゴになりやすい。むしろならないほうがおかしい。それは我々人間の認識が平面や空気による遠近法で止まっているからだ。上下左右が曖昧な宇宙空間では、そこにある星系の相対座標に頼るほかない。場合によっては、敵が上下反対で突っ込んでくる可能性もある。その辺は現場に出て経験を積んでみないことにはなんとも言えない」
このような感じで、ドレイクの授業は現場の人間がリアルに体験した、本物の言葉である事を物語っている。
(ドレイクって英雄とかだから、変人かもって思ってたけど、案外普通ね)
偏見に満ちた事を考えるフクオカ。確かに、過去に登場した英雄やエースは、変人であることが多い。しかし、ドレイクはそれに当てはまらないだろう。
「いやー、やっぱ英雄の言うことは違うねぇ」
「ホント、勉強になるわ」
「アリサもそう思うでしょ?」
「……え、うん、そうね」
「どしたのアリサ?熱でも出た?」
「違うよ。愛しの英雄様が皆のものになって、ちょっと嫉妬してるんでしょ」
「ちがっ!そんなんじゃないし!」
フクオカが必死に反論する。
「おい、そこ!授業中はうるさくするな」
「あ、すいません!」
騒いでいたせいで、ドレイクに注意されてしまう。
「後で覚えてなさい……!」
「めんごっ」
フクオカは握ったこぶしをしまう。
その後の授業も真面目に受けるフクオカ。
しかし、授業を受けている間も、ふとある事を思ってしまう。
(なんでドレイクはエプリオン線の運転士なんかしてるんだろう?)
その答えは本人に直接聞くのが一番だろう。
ということで、早速答えを聞きに、教員室へ向かう。
「ドレイクさん?今日はもう上がりでいませんよ」
「えっ。でも授業の準備とかあるんじゃないですか?」
「ドレイクさん、そんなことしてるの見たことないですね」
「まさか、事前の準備なしでやってる?」
そんな事を考えるフクオカ。
そして決心する。
「ドレイクの後をついていってやる……!」
謎の対抗心が芽生えたフクオカであった。
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