第12話
金魚展で心を満たしたサエコたちは、歩いていける距離のケーキ屋へ向かっていた。
ゆらゆら揺れる袋の中にはお土産の万華鏡が入っている。
「すみません、値札をよく見ずに選んじゃって……。しかも、私の分まで買っていただいて……」
「いいの、いいの、気にしないで」
若い女が二人、お揃いの買い物袋を提げている。
どっからどう見ても友達だ、手をつないでいる部分以外は。
「マリンちゃんって、ガラス細工とか万華鏡が好きなの?」
信号が赤になったので何気なく口をついた質問だが、マリンから返ってきた答えはサエコが予想しないものだった。
「うちの姉が好きでして……」
「お姉さん?」
「あ、いや、昔にプレゼントしてもらったことがあるのです。
「ふ〜ん……」
マリンの姉か。
どんな人だろう。
きっと
年齢は23、24くらいかな。
もしかしたら東京の会社に勤務しているかもしれない。
マリンみたいな
「もちろん、私も好きですよ、万華鏡! だから、サエコさんのプレゼントはずっと大切にします!」
マリンが真顔で言うから、ますます好きになってしまう。
お姉さんとは時々会うのかしら?
そんな質問をしようとしたら手を強く引っ張られた。
「もしかして、あれが今日のケーキ屋ですか⁉︎」
「そうよ」
「超人気のお店じゃないですか〜!」
テンションを上げるマリンを見守るのが楽しくて、姉の話題はいったん忘れてしまった。
ケーキ屋は二階建てになっている。
一階のところがテイクアウトのカウンター。
二階のところが飲食できるスペース。
ニューヨークでミルクレープを大ヒットさせた日本人パティシエが経営しているお店だ。
ほとんどは女性客で、女同士のデートにはもってこいといえる。
「好きなものを頼んでいいから」
「ありがとうございます」
マリンはぺこりと頭を下げたが、絶対に自分から希望を口にすることはない。
サエコが決めるのを待って、まったく同じ値段か少し安いメニューをオーダーしてくる。
「
サエコがいう。
「ですよね。抹茶のお菓子ってハズレが少ない印象です」
「イチゴのミルクレープは初めて見たわ」
「へぇ〜、層のところに果肉が入っているのですか」
「青いミルクレープが夏季限定ですって。色から察するにベリー系よね」
「涼しそうでいいですね。ミントアイスみたいで目に鮮やかです」
う〜ん……。
マリンが食べたいのはどれだろう。
イチゴかな?
少し声が上擦っていた気がする。
よしっ、サエコは3種チョコのミルクレープにしよう。
これなら値段も高いし、マリンだって好きなやつを気兼ねなく注文できるだろう。
「ドリンクは何を飲みたい?」
サエコがメニューを広げてあげると、マリンの視線は、
『季節限定・完熟マンゴーフラッペ』
に吸い込まれた。
「私はこれに……いや……」
そういって自分のお腹周りをスリスリする。
あれ? 脂肪分を気にしているのかな?
心配性だな〜、でもそこが可愛い!
「半分こしない? 私はロイヤルミルクティーを頼むからさ。マリンちゃんはマンゴーフラッペを頼むの。どちらも楽しめるから一石二鳥でしょう」
「う〜ん……」
「食べた後、少しお散歩すれば平気よ。ほら、今日は過ごしやすい天気じゃない」
「わ……わかりました」
フラッペはストローで飲む。
つまり間接キスが約束されたようなもの。
サエコはテーブルの下で握り拳を作ってから、
『このお店にして良かった〜!』
と内心で吠えた。
「サエコさん、今日は上機嫌ですね。もしかして、仕事で良いことでもあったのですか?」
「そうね……」
新しいプロジェクトに選ばれたから?
確かに嬉しい。
でも、プレッシャーも半端ない。
『上機嫌そうな理由』とは少し違うな、と思ったサエコは、う〜ん、と探偵みたいに考え込むジェスチャーをした。
イツキ?
ないない……ストレスの根源だし。
そりゃ『ただいま』を伝える相手がいると嬉しい。
夜遅くに帰ってきても家が明るかったり、お風呂が沸いていたり、トイレがきれいだったり……。
あれ?
イツキのメリットって意外と大きいのかな?
トイレットペーパーが残り1ロールしかない⁉︎ と思っていたら、知らないうちに12ロールが補充されていた。
まあ、サエコが生活費として一万円を渡したのだが……。
ビールとか、焼き鳥とか、くだらない買い物をしてくる反面、牛乳を補充してくれたりする。
『ごめ〜ん、サエちんの靴下を借りたら、穴開けちゃった』
ないない!
今朝だって怒鳴りつけたばかりだし!
「もしもし……サエコさん……」
「はっ……」
マリンに声をかけられて、グラスの水にさざ波が立った。
「何を思い出していたのですか?」
「え〜とね、この前に大学時代の友人とばったり
「仲の良かった人なのですか?」
「うん、いちおう親友かな」
「へぇ〜」
完全に油断していたサエコは、次の一言で心臓が飛び出そうなくらい驚いた。
「それって、サエコさんの元カノですか?」
「ッ……⁉︎」
ヤバい! ヤバい!
周りに聞かれる!
そんなサエコの反応を楽しむように、マリンは上目遣いを向けてくる。
「久しぶりの再会が嬉しいってことは、好きだった、てことですよね」
「ちょっと、大人を
「でも、知りたいです。サエコさんのこと」
「あなたね……」
「それに
マリンちゃんだって彼氏いるくせに〜⁉︎
自分を棚に上げるとは、まさにこれだ。
「う〜ん……なんだろう……とにかく気ままな女なの。私はいつも振り回される。あとお金にルーズ。人生の先輩として一個アドバイスしておくと、友達にお金を貸す時は、返ってこない前提で貸しなさい」
「うふふ、サエコさんって優しいですね」
この話は終わりにしたい。
その願いが神様に通じたのか、ウェイターさんが注文を取りにきてくれた。
「マリンちゃんって油断も隙もないわ」
サエコは手でパタパタと顔をあおいだ。
◆ ◆
デートの終わり際。
マリンは持参したプレゼントを渡してくれた。
「これをサエコさんに。今日誘ってくれたお礼です」
可愛いラッピングが施されたクッキーだ。
フレーバーは3種類あって、カカオ、オレンジ、ピスタチオ。
「味は期待しないでください! サエコさんに満足いただけるレベルかどうか……。でも、丹精込めて作りました!」
「つまり自分で焼いたってこと?」
「そうです、そうです」
可愛い……。
これだよ、これ。
イツキに欠けて、マリンに備わっている健気さ。
「ありがとう。大切に食べるね」
「たぶん、オレンジのが一番風味が落ちやすいので、オレンジから食べちゃってください!」
沈んでいく夕日にかざしてみると、ビニールに触れた太陽の光が散乱して、万華鏡みたいにキラキラした。
思い出。
ありふれた日曜日を最高の休日にしてくれた。
だからマリンに伝える。
「今日はありがとう。とっても楽しかった。また来週、お出かけしましょう」
マリンは胸の前で両手を重ねて、はい、とハッキリ返事をくれた。
《作者コメント:2021/08/29》
明日の更新はお休みします。
次回は8月31日を予定しています。
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