第7話

 ゲーセンにて。


「はい、これ、サエコさんにお土産です。出会って一週間記念です」


 マリンはモチモチしたキーホルダーを獲得してくれた。

 女子が好きそうな丸っこいデザインに、思わずサエコの頬がゆるむ。


 いいのかな?

 本当にもらっちゃって。

 軍資金として200円使っちゃったけれども。


 サエコがお金を渡そうとしたら、


「ダメですよ。これは私の気持ちなのですから。対価を受け取ったらプレゼントの意味がないです」


 正論で押し返されたので、大人しくキーホルダーを受け取っておく。


 何のキャラクターだろう。

 犬? 猫? 犬? やっぱり猫?

 分からない自分がもどかしい。


 ふと視線を持ち上げると、こっちを見つめるマリンと目が合い、頬を熱くさせてしまう。


「実は私も久しぶりなのですよ、ゲーセンは。サエコさんの前で格好いいところを見せられて良かったです」

「あなたって人は……」


 サエコが笑いかけると、倍くらいの笑みが返ってくる。


 UFOキャッチャーをプレイする時、マリンは電子マネーでお金を払っていた。

 もちろん百円玉を投入するお客さんもいるが、サエコが見た感じだと、電子マネーで遊んでいる人の方が多い。


 そっか。

 自分は古い側の人間なのか。


 近くにあったUFOキャッチャーの筐体きょうたいに手を置いた時、目の奥にピリッとした感覚が走り、懐かしいシーンがよみがえってくる。


『ねぇ、サエちん、どっちが大物を獲れるか勝負しようよ』


 悪友の声が聞こえてキョロキョロしてしまう。


 て、バカか、私は。

 もう5年前だから会うわけないのに。

 付け加えておくと、あの日に貸してあげた二千円、返してもらっていない。


 はぁ……昔から金ヅルよね。

 なぜ都合のいい女に育ったのか。


 サエコは自分の頭をコツコツ叩いて、くだらない思い出を締め出しておく。


「ねぇ、サエコさん、あれもやってみませんか?」


 マリンが指さす方向に目を向けて、サエコの全身の毛穴がぶわっと開いた。


 派手なプリクラの機械が並んでいたのである。

 もちろん群がっているのもキラキラした若い子ばかり。


 プリクラなんて10代の時に卒業してしまった。

 そもそも何が楽しいのか当時ですら理解していなかった。


 どうです? と視線を振られたサエコは、流されそうになる心をつなぎとめて、なんとか首を横に動かした。


「今日はダメ。また今度ね。仕事が忙しかったから、この顔は残したくないの」

「分かりました。約束ですよ」


 よかった。

 マリンが聞き分けのいい子で。


 そんな気持ちを知ってか知らずか、宙ぶらりんになっていたサエコの手を、マリンは優しく握ってくれる。


「だいたい20分は潰せました。行きましょうか。久しぶりに足を運ぶと楽しくないですか、ゲーセンは?」

「そうね。童心にかえった気分よ」


 戦利品のキーホルダーが嬉しそうに笑っていた。


        ◆        ◆


 二人の初ランチに選んだのはお寿司屋さんだ。

 カウンター席から注文するタイプで、値段も時価となっているお店のドアを、ドキドキしながら開けてみる。


 価格が分からないなんて狂気の沙汰さただとは思う。

 けれども見栄を張るという意味では、これほど都合のいい店もない。


「すごいです。こんなに本格的なお寿司屋さん、私は初めて利用します」

「へぇ〜」


 てっきり他のパパと何回も足を運んでいると思ったのに。

 サエコが疑いの視線を向けようとしたら、マリンの顔が近くにあって、可愛く小首をかしげていたので、二重にびっくりしてしまう。


「どうやって頼めばいいのですか、サエコ先輩」

「ちょっと……近いわよ……」


 16あるカウンター席は、サエコたちでちょうど埋まった。

 ほとんどが年配のお客さんだから、二人のせいで平均年齢がガクッと落ちている。


「マリンちゃんって、食べられない物はある?」

「お寿司屋さんなら大丈夫です。何でも食べます」


 お任せを二人前オーダーする。

 シャリの量を少なめで、と忘れずに付け加えておく。


「こういうお寿司屋さん、よく利用されるのですか?」

「たま〜にね。仕事でラッキーなことがあった日とか。ほら、こういうお店って女一人じゃ予約しにくいでしょう」

「ああ、なるほど。それで今回の候補にしてきたのですね」


 ヒヨリからもらったアドバイスを参考にして、初ランチのお店はマリンに決めさせた。


 選択肢として送ったのは3つ。

 スペイン料理と、和牛しゃぶしゃぶと、お寿司屋さん。

 サエコが見込んだ通り、マリンは『お寿司屋さんがいいです』と返してきた。


 すごいな。

 大学生なのに一万円以上するお寿司を食べるのか。


 マリンにおいしい料理を食べさせまくって、もう二度と回転寿司へ行けない体にしてやりたい、というヘンテコな欲求が頭をもたげる。


 これじゃ子供を甘やかす親と一緒だ。

 愛じゃない、自己満足の道具にしている。


「サエコさん、ありがとうございます」

「何よ、急に」

「えへへ」


 周りのお客からするとサエコとマリンは仲のいい親戚同士に見えるのだろうか。


「好きです、サエコさん」

「やめなさい」


 カウンターの下で手を握られてドキッとする。


 まず出てきたのは小鉢こばち

 ぷるんとした湯葉ゆばの上に大粒のイクラがのっている。

 宝石みたいな一品にサエコの喉がごくりと鳴った。


「こういうお店って写真を撮ったら怒られますかね」

「え〜と」


 板前さんにいてみたら、料理の写真はかまいません、と返された。


「よかった。サエコさんとの貴重な思い出なのです」

「まったく。人たらしなんだから」

「何か言いました?」

「別に……」


 湯葉をスプーンですくって食べると、ゼリーのような感触が喉を滑り落ちていく。


 おいしい。

 かつお出汁だし芳醇ほうじゅんな香りが口いっぱいに広がった。

 そこにイクラが弾けて、ちょうどいい塩気を与えてくれる。


「おいしいです。とてもおいしいです」

「あなたの語彙力って小学生のそれね。可愛すぎるわ」

「うっ……」


 少しくらい揶揄からかっても許されるだろう。

 ずっと振り回されていたのだから。


 続いて出されたのは分厚い玉子焼き。

 別のお皿に真水のような液体が入っており、透明のお醤油だと説明された。


「こんなに美しいお醤油、初めて見ました」

「私も初めてよ」


 さすが高級お寿司屋さん。

 誰かに自慢したくなる。


 次はいよいよお寿司が運ばれてきた。

 一貫ずつお皿にのせられて出てくるが、ネタが大きいので、ゆっくりと時間をかけて食べられる。


 マリンの体がヤジロベエみたいに揺れた。

 

「こんなにおいしいアナゴ、初めて食べました」


 とか、


「このマグロのあぶり、牛肉と言われても信じるレベルです」


 とか、周りに叱られないギリギリの音量で興奮している。


 これが若さか。

 おいしい、楽しい、幸せ。

 感情をストレートに表現してくる。


「サエコさんもそう思いませんか?」

「そうね、とっても幸せな味ね」


 この子を眺めていると、骨のずいまでドロドロに甘やかしたくなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る