第2話
ところ変わって日曜の駅前。
うららかな日差しに目を細め、サエコは少女みたいに胸をドキドキさせていた。
とうとう予約しちゃったのだ。
噂のパパ活女子とやらを。
久しぶりに美容院へ通って、古かった
信号に引っかかったので、横にあったショーウィンドウを鏡代わりにしていると、映画のヒロインでも演じている気分になった。
腕時計をチラ見して、約束まで20分あることを確かめる。
早めに家を出てきたのは、カフェの席で身だしなみをチェックして、想定QA集に目を通すためだ。
サエコだけが質問するわけじゃない。
向こうだってサエコの情報……財力とか会える頻度を知りたいはず。
歳上のプライドとして質問にはスパッと答えたくて、予習用のQAをたくさん用意している。
そんな浅はかな
「大島サエコさんですよね」
という天使の一声により、あっけなく打ち砕かれるのだけれども。
「はじめまして」
わざわざ席を立ち、ぺこりと頭を下げた彼女を表現するなら、アパレル店にいそうな超美人のスタッフさん。
派手すぎないメイクを決めているから親近感があるし、ゆるくウェーブした髪が体のラインに沿って流れているから、同性のサエコでも、いいな、と思ってしまう。
ロングは手入れが大変だ。
サエコのような朝に弱い人間にはキツい。
彼女は明るいブラウスにモスグリーンのスカートという、ガーリーな服装をしていた。
一方のサエコはカジュアル風のジャケットにパンツという、ちょっとお堅い服装をしている。
今日はパパなのだ。
経済力には余裕がありますというオーラを出した方が相手も安心だろう。
あごに手を添えて頭から爪先まで観察してみる。
とにかくスタイルが良い。
キャバクラの応募でもコンパニオンの面接でも一発で通りそうなくらいには。
子供っぽさが抜けきらない顔つきも大学生らしくて悪くない。
「どうぞ、お掛けになってください」
着座を
「何をオーダーするか、メニューを一緒に見ながら決めませんか」
別のセリフに言い変えてきた。
恥ずかしくなったサエコは意味もなく眼鏡のブリッジに指かけてしまう。
リードされてどうする。
思いっきり歳上なのに。
「そうね」
おいしそうな料理の写真が並んでいるけれども、彼女のルックスが気になって頭に入ってこない。
正直、ナメていた。
派遣スタッフのヒヨリがパパ活女子の基準だった。
ところがどうだ。
街の定食屋へ入ったつもりが、出てきたのは高級
まだ
「今日は暑いから、アイスにしますか?」
「ええ」
「コーヒーの種類、たくさんありますけれども」
「…………」
サエコが言葉に詰まっていると、彼女は眉を八の字にして申し訳なさそうに目線を下げる。
「すみません……ちょっと私、緊張しているみたいで……。女性のパパさん、初めてなのですよ。もし至らない点とか、直して欲しい部分があったら、遠慮なく申しつけてくださいね」
失敗した。
サエコが落胆していると勘違いされたらしい。
「そうじゃないの。年齢の割にしっかりした子だと思って。ほら、私も数年前はあなたと同じ大学生だったから」
「本当ですか。ありがとうございます」
こちらが言い訳すると、一転、人懐っこい笑顔を近づけてくる。
「ッ……⁉︎」
サエコの中で恋に落ちる音がした。
◆ ◆
始まりは3日前だった。
「うわ〜、疲れた〜、死ぬ〜」
その日も終電で帰ってきたサエコは、玄関で靴を脱ぎ、ジャケットを壁のハンガーにかけると、力尽きてベッドに横たわった。
明日も仕事だからシャワーを浴びないと死ぬ。
頭では理解しているけれども、体が起き上がってくれない。
実は最近、体重が減っていた。
食べる元気がなくて夕食をゼリーですませているせいだ。
こんなことを書くとダイエット女子から
自分の太ももをつねってみた。
水まんじゅうみたいにブヨブヨしていて、指の跡がしばらく残る。
うわっ⁉︎ 怖い⁉︎
私の体、明らかに劣化してる⁉︎
「これはいよいよ転職を考えるか……」
命あってこその人生というではないか。
これまでロクに出費してこなかったせいで、無職でもしばらく食いつなげる蓄えはある。
転職サイトにアクセスしようとしたら、指がWEB広告に触れてしまい、表示されたのがパパ活サイトだった。
『お手軽登録で即スタート』
『月々30万円も夢じゃない』
どうやらパパ活をする側、つまり売り手としてターゲティングされたらしい。
どんな子が登録しているのか調べてみる。
プロフィールをのぞいているうちに、だんだん楽しくなってきて、
「この子、絶対整形手術してるよ〜」
とか、
「いやいや、年齢誤魔化しているでしょ」
とか、画面に向かって文句を垂れまくった。
その子を見つけたのは、幸運だったのか、あるいは天罰なのか。
プロフィールは簡素で、趣味と特技、好きな映画、行ってみたい場所くらいしか書かれていない。
何となく地味そうな子だな、と思った。
後から分かったのだが、周りの子たちが派手すぎて、清楚タイプの新居浜マリンは淡いイメージを植えつけてきたのだ。
どんな子だろう。
パパ活するような大学生には見えないけれども。
もしかして、海外留学とかしたくて、お金を貯めているのかな。
気づいた時には、
『一度お会いしませんか? 当方、26歳の女、会社勤めです。貴方のプロフィールを見て興味を持ちました』
アプローチのメッセージを送っていた。
もう深夜の1時半だし、さすがに返事は来ないと思いきや……。
『お誘い、ありがとうございます。ぜひお会いしたいです。会社勤めということは、土曜か日曜が候補日ですよね。今月ですと私が対応できるのは……』
そこから話はとんとん拍子に運んだ。
日曜の午後なら会えると分かり、彼女おすすめのカフェを待ち合わせ場所として紹介してもらった。
ちなみに初回の顔合わせは五千円。
これは相場平均か、それより少し安い。
パネルマジックだったらどうしよう。
写真の女の子と明らかに別人が出てきたら……。
そういう不安の一切合切は、美容院を予約して、当日のコーデを決めて、自己紹介を考えて、とバタバタ動いている内に忘れてしまった。
21歳。
つまり5個も下。
サエコが小学六年生だった時、小学一年生だった⁉︎
悪いことをやっているわけじゃないのに、犯罪じみたことに手を染めている気分になり、前日の夜なんかは布団の中でムフフフフと変な声を出してしまった。
落ち着け。
向こうは経験者なんだ。
30代とか40代のおっさんを何人も相手にしている、いわば歴戦の
自分にそう言い聞かせて、待ち合わせのカフェまで足を運んだのである。
「大島さんって普通に美人ですよね。優しそうな方で安心しました」
一瞬、誰に向けられた言葉か分からずキョトンとする。
2年ぶりなのだ。
面と向かって言われるなんて。
目つきが怖い、不機嫌そう、プライドが高そう。
それが職場における大島サエコ評なのに美人と言ってくれた。
「いや、私なんて……」
「誰がどう見ても美人ですよ」
真っ直ぐな視線に射抜かれたせいで、ひと回り膨らんでしまった心臓を、サエコはジャケットの上からギュッと押さえつけた。
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