第6話

「支度なさい、はやく、支度なさい」


 目が覚めるとそこは、よく分からない場所だった。

 昔僕の通っていた小学校の気もするし、高校な気もする。


「忘れてしまったの? お月様が近いわ」


 声だけが響く。がらんとした、そこは小学校の昇降口。

 二階へ続く階段を上る。そこはもう、見知らぬ場所だ。

 寂しかった。何がだろう。


「さようなら、僕の友達」


 声がした。少女ではない。ここに来て初めて聞いた、別な人の声。

 目の前の教室らしき部屋から聞こえてきた。


 中に入ると、教室のベランダに出る窓の方——そこに、僕がいた。詳しく言うなら、小学校の僕だ。

 僕が入って来たのが分かったのか、小学校の僕は振り返った。すると、その場でみるみる大きくなっていく。


 タイムラプスを見ているようだ。

 瞬く間に僕は、今の僕と鏡写しになった。


「さようなら、今の僕」


 それだけ言って、向こう側の僕はベランダに出た。

 気づくと僕は彼の腕を掴んでいた。


「やめてくれ、止めないでくれ。いかせてくれよ、あの空に」


 鏡写しの僕に、僕は映っていなかった。


「月の綺麗な空だったから、飛び込んでみたいと思ったんだ」


 手すりに足をかけるあの僕からは、青い光は見えなかった。僕はそっと、掴んだ腕を離した。

 どうせ彼は、落ちても平然と地上を歩く。


「ねぇ僕、僕は——」


 彼は暗闇に飛び込んでいった。少しして、彼が肩についた葉を払って歩いていくのが見えた。


「寂しかったんだよね。この校舎の物悲しいのは、僕の気持ちだからだ」


 

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