27話。エンジェル・ダスト

「ぉおおおおおおお──ッ!」


 黒尽くめのエルフ──冒険者狩りが、私に斬撃を叩き込んできた。


 ぎっんッッッ!


 私はその一撃を、剣でいなした。豪剣を受け止めるのではなく、打点をずらして刀身を滑らせ、攻撃の方向をそらす。

 ソードパリィと呼ばれる防御技術だ。私は攻撃はあまり得意ではないけど、回復や防御には自信がある。


「アルフィン様……っ!?」


 ティファの悲鳴が響く。

 完全には冒険者狩りの攻撃力を殺せず、腕に痺れが走った。


「【氷槍(アイスジャベリン)】!」

 

 冒険者狩りは、続けて魔法を詠唱する。

 大地が一気に凍結し、そこから何十本もの氷の槍が伸びて、私を串刺しにしようとした。


「……【聖盾(ホーリーシールド)】!」


 私を漆黒の魔法障壁が取り囲む。氷の槍は、魔法障壁に弾かれて、ことごとく砕け散った。

 ロイドお父様に叩き込まれた聖女教育の賜物だ。考えるより先に、私は防御魔法を発動できる。


「取り囲んで潰せ!」


 バルトラの号令と同時に、聖騎士たちが私を包囲しながら、魔法を詠唱する。冒険者狩りを前衛にして、安全に遠距離攻撃で私を滅多打ちにする戦術みたいだ。

 かなり厄介だった。


「〈魔王の城壁〉!」


 冒険者狩りの足元から〈魔王の城壁〉を出現させた。下から突上げられ冒険者狩りは宙を舞って、地面を転がる。


「くっ……!」


 さらに、それが聖騎士たちから私を守る防壁となった。魔法の射線を妨害されて、彼らの何人かが呻く。


「【夢魔(ナイトメア)】!」


 そのすきに、私は聖騎士たちに眠りの魔法をかける。これで、バルトラ以外を無力化できれば……


「また、それですか? 闇魔法を使ってくるとわかっていれば、対抗策は練れるのですよ」


 しかし、返ってきたのは嘲笑だった。

 聖騎士たちは誰ひとり、昏倒していないようだった。

 どうやら闇属性攻撃に対する耐性を、事前に得ているらしい。アイテムか、何か?

 冒険者狩りにも効かなかったことを考えると……


「まさか全員に、天使の力とやらを……?」


「さすがはアルフィン様、お察しが良いですね。その通りです。たったふたりでは、勝ち目など到底ありませんよ?」


 どうやら、前回と同じという訳にはいかないようだ。


「アルフィン様、お守りします! 下がってください!」


 ティファが私の前に出て、決死の覚悟で剣を構えた。


「ォオオオオオ──ッ!」


 冒険者狩りのエルフが頭を振り、獣のような雄叫びを上げる。とても理性があるようには思えなかった。

 冒険者狩りは、転倒した際に仮面がひび割れ、端正な少年の顔がのぞいていた。


「くくくっ、エルフを救おうなどとおっしゃっていましたが、それは無理です。エンジェル・ダストの過剰投与の副作用で、その男の頭はスッカリ壊れてしまいましてね。まあ、他のエルフも似たりよったりです」


 バルトラがさもおかしそうに笑う。


「その分、エルフどもを洗脳して使うのは楽ですけどね。これほど都合の良い副作用があるとは……神はやはり我らを祝福してくださっている!」


「あ、ああっ……! 兄上!?」


 ティファが冒険者狩りの素顔を見て、硬直している。

 兄上、ですって……?


「おや、お身内でしたか? この者は、魔法剣士としてそれなりの素質を持っていましてね。幸いにも壊れたのは頭だけでしたので。今回の実地テストが終わったら、戦奴隷として役立ってもらおうと思っていたのですよ」


「くっ……くぅううう!」


 ティファが剣を振りかざし、バルトラに突撃する。それを冒険者狩りの男が立ちはだかって阻んだ。

 ティファの剣が、冒険者狩りに弾かれる。


「あ、兄上、なぜ邪魔を……!?」


「被検体D7、そのエルフの小娘の相手は、任せましたよ。できるだけ惨たらしく痛めつけて、殺しなさい」


「……ぎょ、御意」


 バルトラの命令に、冒険者狩りは首を縦に振る。

 ティファに兄を傷つけることはできない。それを見越した上での卑怯なやり口だった。


「バルトラ。聖騎士団は……落ちるところまで、落ちてしまったのですね!」


 私の全身を熱い怒りが駆け巡った。目の前にいるのは、聖騎士とは名ばかりの邪悪だ。


「アーッハッハッハ! その小娘は栄光あるヴェルトハイム聖騎士団に恥をかかせてくれましたからね。

 苦しみながら死ぬところを見物させてもらいますよ」


 バルトラの顔が喜悦に歪む。


「さあ、アルフィン様。偉大なる天使の力の前にひれ伏すがいい!」


 バルトラが剣を叩き込むと、頑丈な〈魔王の城壁〉が粉砕され、破片が飛び散った。

 冒険者狩りと同じ、恐るべき怪力だった。

 それを目の当たりにした聖騎士たちが、勝利を確信して、喝采を上げる。


 確かに、私たちふたりだけなら、勝ち目は無かったかも知れない。


「何が偉大なる天使の力だッ!」


 その時、バルトラを真正面から殴りつける者がいた。

 私が召喚したランギルスお父様だ。


 油断していたバルトラは反応することもできなかった。

 バルトラは建物に激突して、壁をぶち破る。


「バルトラ様!? な、何者だ、お前は!?」


 指揮官がいきなり倒され、聖騎士たちに動揺が走った。


「魔王ランギルスだ。お前たちの研究成果とやらが俺に通用するか、試してみるがいい!」


 ランギルスお父様から、他者を圧倒する絶大な魔力が放たれ、聖騎士たちは縮み上がった。


「〈魔王城の門〉召喚!」


 私はさらに、〈魔王城の門〉を出現させ、この場と魔王城を繋ぐ。


「アルフィンお嬢様、あとはすべてこのヴィクトルめにお任せください。ゴミ掃除は私の得意分野であります。

 腐敗したヴェルトハイム聖騎士団、可燃ゴミとして処理いたしましょう」


 大勢の魔物を従えたヴィクトルが、怒気を滲ませながら、門より歩み出てくくる。

 ヴィクトルがパチンと指を鳴らすと、漆黒の炎が聖騎士たちの足元より噴き上がった。


「ギャアアアッ!?」


 肉の焼ける異臭と共に、数名の聖騎士がのたうち回る。


「ヴィ、ヴィクトル! 殺してはダメです……!」


「はっ、ご安心ください。火加減の調節は心得ております」


 ヴィクトルは愉快そうに答える。


「ただアルフィンお嬢様に対する暴言の数々、許しがたいものがあります……死に勝る恐怖と苦痛を味わっていただきましょう」


「……暴言の数々って、も、もしかして、覗いていたのですか?」


「お許しください。いざとなればゴーストどもを動かして、アルフィンお嬢様を護衛するためであります」


 ヴィクトルが指を鳴らすと、街中に散っていたゴーストたちが、次々に出現した。

 ヴィクトルはアンデッドの最上級種『吸血鬼の王』。ゴーストたちと会話して、指示を出すことなど、彼にとっては朝飯前なのだろう。


「な、なんだ……魔物の大軍だと!?」


「なぜ!? ど、どうやって、ここにぃ!?」


 指揮官を失った聖騎士たちは、立て続けに起こった事態に、激しく混乱した。


「……わかりました。でも、今後はそういったことは、できれば止めてくださいね……」


「はっ、申し訳ありません」


 ヴィクトルは深く頭を下げる。


「あ、あれはまさか……吸血鬼の王(ロード・ヴァンパイア)ヴィクトル!?

 聖王陛下の近衛騎士団を、たったひとりで壊滅寸前まで追い込んだ化け物だ!」


「じゃあ、この魔王ランギルスも、ほ、本物!?」


 聖騎士たちは恐怖に慄いた。


「……ヴィクトル、ティファに加勢を。冒険者狩りはティファのお兄様です。なるべく傷つけずに無力化できますか?」


「もちろんでございますお嬢様。天使の力など、恐れるに足りません」


 さも当然といった様子で、ヴィクトルは腰を折った。


「ランギルスお父様。バルトラと聖騎士たちは罪人として冒険者ギルドに引き渡します。捕縛をお願いできますか?」


「こいつらの犯罪を明るみに出す、ということか?」


「そうです。国際問題になれば、聖王国はマケドニアを通して、迷いの森に軍隊を派遣しにくくなると思いますし……」


「何より、人が死ぬところは見たくない、ということだろ? お前の理想は、人間と魔物の融和だからな。ああっ、そんなところはミリアにそっくりだ。

 わかっている。大丈夫だ。誰一人殺さずに、こいつらには地獄を見てもらおう」


 ランギルスお父様は、聖騎士のひとりの頭を掴んで、地面に叩きつけた。

 回復魔法を同時に放って、殺さないように調整している。相手は意識を刈り取られて、横たわった。


「さて、俺のかわいい娘に手を出したこと、死ぬほど後悔してもらおうか?」


 ランギルスお父様の底冷えするような威圧が響いた。

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