26話。ヴェルトハイム聖騎士団の正体

「卑劣な連続殺人? それは違います。これは魔王を倒すために必要な新薬の実験です」 


 バルトラは何の罪悪感も覚えていない口調で告げた。


「死んだ冒険者たちは、尊い犠牲として、神の身元に召されたのですよ」


 罪を告白しているのに、誇らしげですらある。その目は、狂信的な色を宿していた。


「……新薬の実験? どういうことですか?」


 魔王とは、すなわちランギルスお父様のことを指しているのだろう。

 なら、聞き出せるだけの情報を聞き出さなければならない。


 それに、どうやら私が魔王の血を引いていることをバルトラは知らないみたいだ。おそらく秘密にされているのだろう。

 表ざたになったら、ヴェルトハイム侯爵家にとって、大変な醜聞となる。


「アルフィンお嬢様は、ご存知ありませんでしたか? エンジェル・ダストの開発は内密に進められていましたからね……」


 バルトラは恍惚とした目で語った。


「あなたのお父上、ロイド様は天使の力を、人の身に降臨させる薬の開発をしてきたのです。ああっ、なんと偉大な挑戦でありましょうか!?

 天使の力を宿した者は、人の領域を超えた力を得るのです!」


「も、もしかして、そのためにティファの家族を……エルフたちを拉致して、実験台にしてきたのですか?」


 ヴェルトハイム侯爵家が、私の知らないところで、いくつもの悪事に手を染めていたことを知って愕然とする。


「おや、それについては、よくご存知ですね。左様でございます」


 バルトラは悪びれもしなかった。


「あ、あなたち、よくも……っ!」


 ティファがよろめきながらやって来て、バルトラを睨みつける。

 この前、聖騎士団と遭遇した時は、人目もあって我慢していたが、彼女は今、その憎悪を剥き出しにしていた。


「クククッ……さすがに人間を実験台にするなどという非人道的なことはできませんからね。人間とほぼ同じ肉体構造を持つエルフなら、モルモットとして最適という訳ですよ」


 バルトラはエルフを虫けらとしか思っていないようだった。

 ティファが悔しげに歯ぎしりする。


「……ぼ、冒険者を殺して回ったのは、なぜですか? 魔王に対抗するための力の実験というなら、モンスターを相手にした方が良いのでは?」


「いちいちダンジョンに潜らねば、強いモンスターと遭遇できないですからね。街中で、冒険者相手に実験した方が効率的です」


 バルトラは鼻で笑った。


「それにエルフが冒険者を殺していると噂になれば……聖王国のくだらない法律。『エルフなどの亜人種を奴隷にしてはならない』が撤廃され、なにかと動きやすくなるのではと思いましてね」


 あまりに身勝手極まりない理由に、私はあ然とした。


「そ、それがロイドお父様の……ヴェルトハイム聖騎士団団長の意思なのですか?」


「無論です」


 その返答に、頭がクラクラした。

 私が教えられた『騎士の誓い』『聖女の心得』などは、すべて建前に過ぎなかったというの?


 いや、守るべき者の中に、エルフは元々、入っていなかったのだろう……

 それでも、一筋の望みかけて問いかける。


「聖王国はエルフを奴隷にすることを禁止しています。あ、あなたちは、禁を破ってなんとも思わないのですか!?」


「それは建前というモノですよ、アルフィンお嬢様。聖王国は人間の守護者です。

 魔王から人間を守る、その崇高な目的のためなら、何を犠牲にしても良い。いや、どんな犠牲も厭うべきではないのです。

 我らはその決意と覚悟を持って、事に臨んでいるのですよ」


 バルトラは自らの正義を、絶対的に信じているようだった。

 私は息を吐いて告げた。


「魔王の脅威から、人々を守りたいというのなら、どうか安心してください。

 私は魔王ランギルスと聖女ミリアの娘。私が魔王となって、魔物と人間が争わなくても良い世界を築きます」


「い、い、今……なんとおっしゃった!?」


 私の宣言にバルトラは目を剥いた。


「私はやがて魔王となります。そして、私は、両種族の平和を望むということです。ですから、エルフたちを人体実験の道具にしたり、罪も無い人を殺すのは止めてください。

 そんなことは、無意味です。まずは即刻、捕らえたエルフたちを解放してください!」


「アルフィン様……っ!」


 ティファが感極まって声を震わせた。


「魔王から人間を守る、そのためにどんな犠牲も厭うべきではない、というのなら。どうか私の手を取ってください」 


 私は決然と問いかけた。こんな風に、他人に自分の主張をぶつけることなど、今までの人生で無かったので、実は足が震えていた。

 でも、争わずに誰もが幸せになれる道があるなら、それを模索してみるべきだと思う。


「……アルフィンお嬢様は神聖魔法が使えなくなり追放されたと聞き及んでいましたが……まさか、まさか……それが真相であると?」


 バルトラだけでなく、他の聖騎士たちも狼狽している。

 

「バルトラ様! エルトシャン殿下はアルフィンお嬢様との結婚を強く望んでおられるのですよね!?」


 聖騎士のひとりが、バルトラに尋ねる。

 えっ、未だにそうなの……?

 これには、いささかたじろいだ。


「もし、殿下がこのことを知った上で、アルフィンお嬢様との婚姻を望んでいるとしたら、トンデモナイことに!?」


「い、いかがなされますか……!?」


「フハハハハッ! なるほど、わかりました……っ!」


 バルトラの瞳に危険な光が宿った。


「アルフィンお嬢様が、次期、魔王。これが外に漏れては、我らにとって非常に都合が悪い……エルトシャン殿下のお目も醒まさせる必要があります」


 バルトラは剣を構えながら告げる。肌を突き刺す強烈な殺気が、私に浴びせられた。


「あなたには、なんとしても消えていただかねばならなくなりました。ここで、あなたを倒せばロイド様やシルヴィア様も、お喜びになるでしょう」


「……なぜ、争わなくても済む道があるのに、それを選ぼうとしないのですか?」


「決まっているでしょう。憎いからですよ。真の平和とは、人間と魔物、どちらかが、どちらかを滅ぼさない限り、訪れはしないのですよ」


 ヴェルトハイム聖騎士団とは、いずれ戦うことを覚悟していた。

 バルトラは私に剣を教えてくれた先生のひとりだ。彼に刃を向けるのは気が咎めたが、交渉が決裂した以上は致しかない。


「私はティファに、エルフを庇護すると約束しました。あなたたちに捕らわれたエルフたちは、すべて救い出します」 


 その一言が戦いの火蓋を切った。

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