25話。冒険者狩りと対決

 次の日の夜、人気の無いスラム街の路地裏で、私はゴーストたちの報告を聞いていた。


「都市内で生活するエルフで、怪しい者はいないのですか……?」


 半透明のゴーストたちは、私の疑問に頷く。

 おかしい……


 今夜も冒険者がひとり殺害され、街は騒ぎになっていた。

 警戒に当たっていた衛兵たちが、忙しく行き交っている。


 この都市で生活するエルフは約3000人。そのすべてに、ゴーストの監視を付けていたにもかかわらず、事件は発生した。


 ゴーストの報告によると、冒険者狩りの正体がエルフと判明したため、都市内のエルフたちは、身を縮こまらせて生活しているようだ。

 外出を控え、疑いや迫害を受けないようにしているらしい。

 中には、この都市を見限って出て行くエルフもいたそうだ。


「冒険者狩りの正体が、エルフという情報がそもそも間違いなのでは?」


 エルフの少女ティファが、その可能性について指摘する。


「そうかも知れませんが……弱りました。もっとゴーストの数を増やして、街を監視しましょうか?」


 私はゴーストたちからの報告を聞き終えると、ティファと一緒に夜の街を歩く。

 首からは冒険者であることを示す、冒険者ギルド発行のネームプレートを下げていた。

 自分たちを囮にして、冒険者狩りをおびき寄せるためだ。


 今夜再び、冒険者狩りが現れる可能性は低いかも知れないけれど……

 念のため闇魔法を使って銀髪モードに変身していた。


 冒険者狩りは手強い。万全の備えをしておく必要がある。

 私とティファ、どちらが不意打ちを受けても対応できるように、気を張り詰める。


「それは良いかも知れませんが。あまり数を増やし過ぎると、ゴーストが徘徊していると騒ぎになるかも知れませんね」


「確かに……アンデッドモンスターは人間の天敵ですからね……」


 そうなれば、私たちが人々に要らぬ恐怖心を与えてしまう。それでは本末転倒と言えた。


「あ、あとひとつ考えられるのは。冒険者狩りは単独犯ではなく、何らかの組織に匿われているケースです」


 私は考えを披露する。


「この都市の住人として生活しているのではなく。その組織に支援されて、普段、どこかに隠れている、ということですか?」


「そうですね。そうでなければ、ゴーストの監視網から逃れられる道理は無いかと……」


 だとしたら冒険者狩りの犯行現場を押さえて、ゴーストに追跡させる必要がある。

 とにかく、まずは冒険者狩りと遭遇しなくては。このままでは、どんどん犠牲者が増えていくだろう。


「うぃ~いっ、お嬢ちゃんたち、こんなところで、何をやってんだ?」


 酒に酔っている男が、ふらつきながら声をかけてきた。

 彼も冒険者のようで首からネームプレートを下げている。暗がりで良く見えないけど、そこからわかる情報はCランク冒険者?


 冒険者ギルドの通達で、外を出歩く時は、ネームプレートを外すように指示されているに、大丈夫なんだろうか?

 私たちも他人のことは言えないけど……

 こんな状態では、冒険者狩りに襲ってくれと言っているようなモノだ。


「うひょーっ! 良く見れば、えらい上玉じゃねえか。なあ、俺と一杯やらねぇか? 酌をしてくれよ」


「……申し訳ありません。お父様から、知らない人には付いていってはいけないと言われているので……それと、ネームプレートは外された方が良いですよ?」


 断って通り過ぎようとすると、男は声を荒上げた。


「あーっん!? てめぇ、Fランク冒険者だろ? 先輩の誘いを断ろうってか!?」


「ひゃっ!? な、なんですか……?」


「あなた、アルフィン様に対して、無礼ですよ!」


 絡んで来た男を、ティファが押し退ける。

 男は数歩、よろめきながら後退し……その胸から突然、剣が生えた。


「がっ、ごぶ……っ!?」


 男は口から血の泡を吹く。

 何者かが、彼を背中から剣で串刺しにしていた。

 犯人は顔を仮面で隠し、闇に溶けるような黒尽くめの格好であるため、男か女であるかもわからない。


「【闇回復(ダークヒール)】!」


 すぐさま私は回復魔法を、刺された男にかけた。地面にうつ伏せに倒れた男は、一命は取り留めたようだが、激痛で失神する。


「まさか、冒険者狩り!?」


 ティファが叫びながら、抜剣する。

 冒険者狩りと思わしき相手が、彼女に突進してきた。

 冒険者狩りの耳は、エルフの特徴である尖り耳だった。


「きゃう!?」


 ティファは敵の剣を受けるも、弾き飛ばされて建物に激突した。

 相手は人間離れした腕力だった。


「な、何者ですか? ま、まずは話を……!」


 呼びかけを無視して、冒険者狩りは今度は私に向かってくる。


「〈魔王の城壁〉!」


 私は〈魔王の城壁〉を喚び出して、突進を阻む防壁とした。

 だが、ホッとしたのもつかの間、冒険者狩りは〈魔王の城壁〉に、いともたやすく大穴を開ける。


「んんんっ!?」


 慌てて【夢魔(ナイトメア)】を放つも抵抗されて効果が無い。

 間一髪、振られた剣を避けて、私は距離を取った。


 危なかった。変身していなかったら、そのまま殺されていたかも知れない。

 私は冷や汗をかきつつ、剣を構える。


「ほう……これはこれは、今の攻撃を回避するとは、予想以上の腕前ですね」


 暗がりの中から、揶揄するような声が響いた。

 現れたのはロイドお父様の高弟、聖騎士バルトラだった。その後ろに数名の聖騎士たちが続く。


「それに壁を召喚? 何らかのスキルですか。これはおもしろい戦闘実験になりそうだ」


「バルトラ!? な、なぜあなたがここに……?」


 嫌な予感がした。

 まさか冒険者狩りの背後にいたのは、ヴェルトハイム聖騎士団?


 バルトラの口振りもそうだが。冒険者狩りは、突然現れた彼らに対して、警戒した素振りを見せなかった。

 それはつまり、お互いに顔見知りだということだ。


「なぜ私の名前を? 名乗ってはいないハズですが? 調べでもしたのですか」


 バルトラは怪訝そうな顔をする。


「ふん、まあいい。大勢の前で婦女子に恥をかかされて、我らの面目は丸潰れだ。寝ても覚めても、あなたの顔がちらつきましてね。ようやく再会できて嬉しいですよ……」


 バルトラは端正な顔を怒りと憎悪に染めて告げた。


「あなたたち、ふたりにはここで死んでもらいます」


「私の声に聞き覚えはありませんか……? 良く剣の稽古を付けていただきましたよね。私は聖女ミリアの娘、アルフィン・ヴェルトハイムです」


「なっ……バカな、アルフィンお嬢様!?」


 バルトラだけでなく、彼に付き従った聖騎士たちまでたじろいだ。


「神聖魔法が使えなくなり、追放されたと聞き及びましたが? そ、それに、そのお姿は……?」


「やはり、う、美しい……!」


 何人かの聖騎士が息を呑む。


「例え盾砕け、鎧朽ちようとも、我、背後に庇いし弱き者を護り続けん。

 騎士の誓いを忘れましたか? な、なぜ人々を守る名誉ある聖騎士が、卑劣な連続殺人などに加担しているのです……?」


 私の質問に、バルトラは目を瞬く。やがてその口元が冷笑に歪んだ。

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