28話。大天使アークエンジェル

「殺す訳にはいかないし、素手で相手をしてやるか」


 ランギルスお父様が、拳を鳴らしながら聖騎士たちに迫る。


「うぁああああっ!」


 聖騎士たちは、破れかぶれの突撃をした。しかし、彼らの剣はかすりもせずに、逆に強烈な拳のカウンターを受けて、路上に倒れる。


「……天使の力を得たといっても、この程度か?」


 呆れるような挑発に、聖騎士たちはぐうの音も出ない。

 ランギルスお父様の拳は、天使そのものを一撃で沈めてしまうほどの破壊力を持っている。

 聖騎士たちが敵(かな)う訳がなかった。


「しょせんは、強引な手段で得た借り物の力……そんなモノに頼るようでは、真の武人とは言えないぞ?」


「だ、黙れ、魔王め……っ!」


 聖騎士の剛剣を涼しい顔でかわして、ランギルスお父様は、またひとり敵を路上に沈める。

 隣に視線を移すと、ティファを庇ってヴィクトルが冒険者狩りの前に立っていた。


「ヴィ、ヴィクトル様、兄上は……っ」


「任せておきなさい。悪いようにはしません。失礼、少々、手荒に参りますぞ……」


 ヴィクトルが冒険者狩りの剣を、素手で掴んでそのままへし折った。

 脅威の反射神経と握力に、ティファと私は目を見張る。


「オオオオオオオ!」


 冒険者狩りは、怯むことなく至近距離からヴィクトルに攻撃魔法を撃ち込む。

 無数の火炎弾が出現して、ヴィクトルに猛然と襲いかかった。


「ヴィクトル……!?」


「ご安心くださいお嬢様、この程度は良い運動です」


 しかし、ヴィクトルは拳で、それらをすべて弾く。その拳は薄っすらと、魔法の輝きに包まれていた。

 付与魔法(エンチャント)で拳を保護、強化しているらしい。


「薬で理性を失った攻撃など、至極読みやすい。期待外れですな」


 ヴィクトルの手刀が冒険者狩りの首筋に叩き込まれた。

 冒険者狩りは、白目を剥いて気絶する。

 あまりに鮮やかな手際だった。


「あ、兄上……」


 ティファは冒険者狩りを呆然と見下ろした。


「延髄を打ちました。意識が強制的に絶たれた状態になっています」


「……ヴィクトル様、兄上は大丈夫なのですか?」


「命を奪うほどの強打はしておりませんよ。アルフィンお嬢様の【闇回復薬(ダークポーション)】があれば、薬で壊された理性も元に戻るでしょう」


「ああっ……良かった。本当に良かった……!」


 ティファは安堵のあまり、地面に膝をついた。力が抜けてしまったらしい。


「ティファ。まだ、敵は残っています。アルフィンお嬢様の護衛が、あなたの役目。最後まで、まっとうなさい」


「は、はいっ!」


 ティファは涙を拭って、慌てて立ち上がる。でも、いくらなんでも、それは酷というものだ。


「……ティファ、後はもう大丈夫です。【闇回復薬(ダークポーション)】をお兄様に飲ませてあげて」


「よ、よろしいのですか?」


「もちろんです。ヴィクトルも良いですね?」


 ヴィクトルは少々、厳し過ぎだと思うので、念を押しておく。


「はっ。お嬢様が、そのようにおっしゃるのであれば、私に異論はございません」


「ありがとうございます! アルフィン様、こ、このご恩は一生忘れません!」


 ティファは深く頭を下げると、さっそく兄の治療に入る。

 ランギルスお父様の方を見ると、聖騎士たちの制圧もすでに終わっていた。


「お、おのれ……! 栄光あるヴェルトハイム聖騎士団に、敗北は絶対に許されない!」


 瓦礫を押しのけて、満身創痍のバルトラが姿を見せた。


「……バルトラ、これ以上の戦いは無意味です。大人しく剣を引いてください」


「もう勝ったとお思いですか、アルフィンお嬢様? 私には、まだ最後の切り札がある……それを試さぬまま魔王から逃げ帰ったとしたら、私はロイド様とシルヴィア様に処断されるでしょう」


 バルトラは懐から、錠剤を取り出した。

 それを口に含んで一気に飲み込む。

 今のが、まさか……エンジェル・ダスト?


「お前たちは、天使の力を甘く見すぎている。大天使と融合した我が力、思い知るがいい!」


 バルトラの身体が、内側から大きく膨れ上がった。

 筋肉が盛り上がり、背中から光輝く翼が生えて体格が2倍近くになる。さらに、身体の表面が、硬質な鎧のような物で覆われた。


 聖女シルヴィアが召喚した天使に似ているけど、感じられる威圧感は段違いに強かった。


「大天使アークエンジェル。アッハッハッハ……だ、大天使との融合についに成功したぞ!

 ああっ、なんと素晴らしい気分だ! 世界が違って見える!」


 バルトラの歓喜に満ちた声が響いた。

 天使には9つの位階がある。

 シルヴィアが召喚していたのは、最下位の天使。大天使アークエンジェルとは、そのひとつ上の8番目の位階に位置する。天兵とも呼ばれる神の兵士だ。


「勇者ロイドは俺に勝った後も、こんな実験をしていたのか……」


「まだ不完全なようですが。おおかた、聖王に取り入るためでしょうな。そして、聖王は、天使の力を手に入れて、何か良からぬことを企んでいると見えます」


 ランギルスお父様とヴィクトルが、肩を回しながら前に出る。ふたりの身体からは、鬼気迫る闘志が溢れていた。


「魔王ランギルス、吸血鬼の王ヴィクトル。腸をぶちまけるがいい!」


 バルトラの手に光輝く剣が出現し、大上段に振られた。

 ふたりは華麗に避けたが、剣圧ですさまじい衝撃波が発生し、大地に亀裂が走った。近くの建物が余波で吹っ飛び、瓦礫が宙を舞う。


「か、関係ない人たちまで、巻き添えにするつもりですか!?」


 私は絶叫した。バルトラは周囲への影響を、まるで考えないまま力を振るっている。


「これは魔王を討ち取る聖戦だ! 多少の犠牲など問題ではない! この街の人間すべてを犠牲にしても、私はお前たちを殲滅する!」


 バルトラは興奮して、さらに輝く剣を振るおうとする。


「これぞ神の意思だ! ハーッハッハッハ!!」


「〈煉獄砲〉召喚!」


 私の呼びかけに、魔王城の主力武装〈煉獄砲〉が出現した。


「バルトラの右手を狙って! 発射!」


「うがぁっ……!?」


 〈煉獄砲〉が火を吹き、剣を持つバルトラの右手が消し飛んだ。街に影響が出ないように、射角を調節して砲弾が空に抜けるように撃っている。


「な、なんだっ、その大砲は……!? 大天使の生体装甲をぶち抜いただと?」


 バルトラの右手から、肉と骨の繊維が伸びて、見る見るうちに再生していく。

 大天使は再生能力も桁違いのようだ。


「これは〈煉獄砲〉、魔王城の兵器です。バルトラ、今すぐ降伏してください!」


 私が呼びかける間にも、ランギルスお父様とヴィクトルが、バルトラを滅多打ちにした。

 ランギルスお父様の剣が、バルトラを斬り刻み、ヴィクトルの拳が身体に大穴を開ける。


「ぅおおおお……! キ、キサマら!?」


 バルトラは剛腕を振って、ふたりを跳ねのけようとする。だが彼の攻撃はかすりもしない。


「やれやれこの程度か、期待外れだな」


「単体の大天使など、もとより恐るるに足りません。我らを倒したいなら、せめて100体は揃えて来るのだな小僧」


 挑発的なふたりの声が響いた。

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