16話。奇跡の回復薬が安すぎです

 私の【闇回復薬(ダークポーション)】が初めて売れた。商売に成功したのも初めてだった。


「はぃい……! お買い上げ、ありがとうございます。に、200ゴールドです」


 全身から喜びが込み上げて来て、私は腰を折る。

 このことは、後で天国のお母様にも報告しよう。


 グスッ、お母様……私、やりましたよ。


「へっ……!? 200ゴールド? 安い!?」


 私が感激に涙ぐんでいると、冒険者が素っ頓狂な声を上げた。


「お嬢ちゃん、この奇跡の【回復薬(ポーション)】が200ゴールドなんて、ありえねぇぞ。

 この10倍の値段でも安いくらいだ!」


「私もそう思います。アルフィン様、もっと商売っ気を出して良いのでは?」


「えっ? そ、そうかも知れませんが……お母様に【回復薬(ポーション)】は貧しい人にこそ必要だと教わったので……」


 【回復薬(ポーション)】は命の水だ。なるべく多くの人が手に取ることができる値段設定にするべきだった。


「はぁっ! エラい! いや、まったく聖女様みたいなお嬢ちゃんだな。本物の聖女様は、【回復薬(ポーション)】の値段を一律5倍にするってんで、大変だってのによ」


「【回復薬(ポーション)】の値段を一律5倍……?」


「あん? もしかして知らねぇのか? 聖王国に新たにシルヴィア様って、聖女様が現れてよ。

 この女がとんでもねぇヤツで、聖王国が他国に売る【回復薬(ポーション)】の値段を大幅に引き上げるって言い出したんだよ!」


 聖王国は【回復薬(ポーション)】を主な産業にしている。優秀な神聖魔法の使い手を多く抱えているためだ。

 強力な回復魔法を封じた【上位回復薬(ハイポーション)】を大量に輸出することで聖王国は潤い、人々に尊敬されてきた。


 前聖女であったお母様は【回復薬(ポーション)】を、なるべく安い値段にするべきだと主張していた。

 聖王国は聖女を、神の代理人だとしているため聖女の影響力は絶大だ。


 でも義妹シルヴィアは、お母様の考えを小馬鹿にしていた。

 聖王国の【上位回復薬(ハイポーション)】は世界最高水準なのだから、もっと対価を要求するべきだと……


「そ、それでは回復薬(ポーション)を買えない人が、たくさん出てきてしまいますね……」


 私はため息をついた。お母様の理想は、シルヴィアに完全に壊されてしまった。


「ああっ、まったく俺たち冒険者にとっちゃ、死活問題だぜ。冒険者ランクの低いヤツは、早くも廃業を検討しているな。冒険者が少なくなれば、野盗や魔物が跋扈(ばっこ)するってのに、聖女様は何をお考えなんだか!」


 冒険者は吐き捨てるように言った。


「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はライナス。城塞都市ゼルビアを拠点とするBランク冒険者だ」


「わ、私はアルフィン。聖王国の元貴族です」


「アルフィン様の護衛兼、お世話係のティファです」


 私たちも名乗る。


「聖王国の元貴族? なんだって、そんな娘が、こんな危険な場所にいるんだ?」


「えっと、それは……」


 この質問に対する回答は用意していたけど、不審な目を向けられて、しどろもどろになってしまう。


「アルフィン様は魔獣と友達になったならと、実家を追放されたのです。今は旅の薬師として生活されています」


 ティファがつらつらと説明してくれたおかげで、ライナスは納得したようだった。


「なるほどな。それが、このホワイトウルフって訳か? 魔獣が人に懐くたぁ、たまげたぜ」


「は、はい……そうです」


 私はコクコクと頷く。

 追放理由以外は事実であるため、変に演技しなくて良いのが助かる。

 マケドニア王国なら私の顔を知っている人に出会う危険は少なく、素性がバレることはまずないと思う。

 そのため、この設定にすることにした。


「クソな親もいたもんだな。まともな情があったら娘を追い出すなんざ、絶対にしないぜ」

 

 ライナスは義憤にかられて地面を蹴った。


「しかし、ティファ嬢ちゃんも、アルフィン嬢ちゃんに付き従うとは酔狂だな。貴族家に仕えていた方が、給金も出て安定した生活ができるだろうに」


「私はアルフィン様に奴隷の身より救っていただきました恩があります。これをお返しすべく、この先、何があろうともアルフィン様にお仕えする所存です」


「こいつはまた義理堅いお嬢ちゃんだな。気に入ったぜ」


 ライナスは豪快に笑った。


「もし困ったことがあったら、助けになるからいつでも連絡してきてくれ。冒険者ギルドを通せば、別の街にいたとしても簡単に繋がるからよ」


「……は、はい。ありがとうございます」


 人が良さそうな男性だと感じた。

 まるで頼れる人がいない土地で、Bランク冒険者の知り合いができたのは、ありがたかった。


「アルフィン嬢ちゃんは、本当に礼儀正しいな……そうだ忠告しておくが、今、ゼルビアでは冒険者狩りってヤツが出ているから気をつけな」


「冒険者狩り、ですか?」


「ああっ。なぜか冒険者ばかりを狙うイカれた殺人鬼だ。冒険者ギルドが懸賞金30万ゴールドをかけて対処しようとしているが、犠牲者が増える一方でな……

 俺とコンビを組んでいた妹も、コイツにヤラれて重傷を負ったんだ。

 ティファ嬢ちゃんは腕が立つようだが。もし冒険者資格を持っているなら、ゼルビアに長居するのはやめておけ。この前は、Aランク冒険者がバッサリやられた。アレはバケモンだぜ」


 私はティファと顔を見合わせる。

 ライナスさんの妹さんについては気の毒だけど、懸賞金30万ゴールドの部分に惹かれた。


「……ご忠告、感謝します。私たちは冒険者登録はしていませんので、だ、大丈夫です」


「そっか。なら、良いんだけどよ。俺は妹の怪我が治ったら、ゼルビアから出ていくことを真剣に考えている。故郷だけど、こんな物騒な街にこだわるのは、命取りだからな」


 ライナスは懐から銀貨を取り出して渡してくれた。

 その金額に私は仰天する。


「ご、5000ゴールド!? 代金を間違えていますよ……?」


「こいつは奇跡の回復薬(ポーション)2本分の正当な対価だ。金は必要だろ? 遠慮なくとっておいてくれ」


 確かにこれだけのお金があれば、ティファの服も買ってあげられるし、それなりに良い宿に泊まれるけれど……


「ライナスさんも、妹さんのためにお金が必要なのでは?」


「アルフィン様、せっかくのご好意ですので、ありがたく受け取りましょう」


「そういうこった。まあ、これを機に仲良くしてくれよ。回復薬(ポーション)界の革命児と顔見知りになれたのは、最高の幸運だったぜ」


 ライナスさんは楽しそうに笑った。そして、じゃあな、と手を振って去って行った。

 彼の姿が見えなくなってから、私はティファと相談する。


「……懸賞金30万ゴールドは、破格ですね。さ、さっそく冒険者登録をして、私たちの手で冒険者狩りを捕まえましょう」


 冒険者狩りを捕まえるなら、冒険者になって自分自身を囮としてしまうのが、最良だと思う。

 街に到着したら、さっそく冒険者ギルドに行ってみよう。


「アルフィン様のお力の前では、冒険者狩りなど赤子同然だとは思いますが……

 私はアルフィン様の護衛です。御身を危険にさらす訳には参りません。

 冒険者登録をするのは私だけにしていただけないでしょうか?」


 ティファが真摯な眼差しを向けてきた。

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