15話。飛竜に襲われた冒険者を助ける
「お嬢様、こちらはお弁当でございます。本来なら馬車をご用意し、暗黒騎士団の護衛を付けたいところなのですが……」
フルーツサンドを入れたバスケットを渡してくれたヴィクトルが、苦々しく告げた。
「現在の魔王城に馬車も騎士団もなく。誠に申し訳ございません」
「そ、そんな。大げさなことを、しなくても大丈夫です」
暗黒騎士団などに周りを固められたら、人の目が気になって心が休まらない。
なにより、それで人間の街を訪問したら、侵略に来たのだと誤解されかねない。
「はっ。せめて迷いの森を通過する間は、一切のご不便をおかけせぬよう、放送で魔物たちに徹底させます」
「ええっ……!?」
「「ガゥ!(姫様のお役に立つことこそ、ボクたちの喜びです)」」
見送りに来てくれた多種多様な魔物たちが、一斉に賛同の声を上げた。
私はエルフの少女ティファと一緒に、魔物素材や回復薬(ポーション)を売るため、街に向かうことにした。
ここから西に向かうと、マケドニア王国の城塞都市ゼルビアがある。
マケドニアに行くのは初めてだ。物を自分で売るのも初めて。
う、うまくやれるか今から不安だけど……やるしかない。
魔王城を強化して、お父様やシロ、みんなと幸せに暮らすんだ。
背負ったバックパックには詰められるだけの荷物を入れている。
「主様に作っていただいた【魔力回復薬(マジックポーション)】、とってもご機嫌ですの!」
樹木の精霊ドリアードのリリアも見送りに来てくれていた。
リリアは【魔力回復薬(マジックポーション)】の瓶をあおって、ゴクゴクと喉を鳴らしている。
魔物たちがモンスターフルーツを欲しがるので生産が追い付かず、リリアには働いてもらいっぱなしだった。
「リリアさん、果樹園の生産管理、よ、よろしくお願いします」
「任せてくださいの!」
リリアが自信たっぷりに請け負った。
「アルフィン。変な男に声をかけられても絶対について行ってはダメだからな。もし多少でも身の危険を感じたら、迷わず俺を呼んでくれ」
ランギルスお父様が心配そうに告げる。
「は、はい。大丈夫です」
そもそも私は他人が苦手なので、見知らぬ人について行こうとは思わない。
「人間には、おかしな奴がたくさんいるから心配だ。俺の娘は、かわいすぎる……っ! ティファ、くれぐれもアルフィンのことを頼んだぞ」
「お任せください、ランギルス様。アルフィン様の護衛は、この身に代えても務めさせていただきます」
ティファは胸に手を当てて応えた。彼女は他に服がないので、メイド服に帯剣している。
城塞都市ゼルビアでは、下級貴族の娘とメイドという設定で過ごそうと思う。
お金が手に入ったら、ティファの服も買ってあげないと。
「このヴィクトルめも、〈魔王城の門〉でお呼びいただければ、いついかなる時であっても駆け付け、お嬢様をお助けします」
「……ありがとうございます」
ちょっと過保護な感じもするけれど、私の身を真剣に案じてくれて嬉しかった。
「わう!(アルフィン、出発するよ)」
ホワイトウルフのシロが、背に乗るように首を振ってうながした。城塞都市ゼルビアまで、シロが送ってくれることになっていた。
残念だけど、魔獣であるシロは城塞都市には入れない。
「……ありがとうシロ。そ、それじゃ、みんな行って来ます」
ティファと一緒にシロの背中に乗って、私は手を振った。
「「がぅ!(アルフィン様、行ってらっしゃいませ!)」」
お父様や魔物たちが手やハンカチを振って、私たちを見送ってくれた。
◇
迷いの森を抜ける間は、まさに至れり尽くせりといった感じだった。
私たちが野宿をしようとすると、ゴブリンたちが集まってきて、小屋を建ててくれた。
「姫様に野宿などさせられませんゴブ!」
「おいしい鹿肉の料理をご馳走しますゴブ!」
しかもゴブリンたちは狩りをして、肉料理まで作ってくれた。彼らは楽器を打ち鳴らし、ちょっとしたお祭り状態だった。
「……あ、あ、ありがとうございます!」
出発しようとすると、ゴブリンたちは食べ切れないほどの食料まで持たせてくれた。
「どうか、お気をつけてゴブ!」
迷いの森を抜けると、石ころだらけのやせた土地に出た。まばらに草木が生えているだけの寂しい光景が広がっている。
迷いの森はヴィクトルの勢力圏内だが、ここら先は違うとのことだ。魔物たちは、かつては魔王ランギルスによって統一されていたけれど、今はその土地ごとのボスに従っているらしい。
迷いの森から出たら、私も魔物に襲われる危険がある。十分に注意するように言われていた。
「そろそろ、休憩にしましょうか……?」
ずっと走り続けて、シロに疲れが見えてきていた。私は休憩を提案する。
「わんッ!(賛成! ごはん食べたい)」
「かしこまりました。準備いたします」
鞄にはシロのためのモンスターフルーツも入っていた。シロはこれが食べたくて、たまらないようだ。さっそく、取り出してあげる。
「わぉーん!(おいしい!)」
シロは無我夢中で、ご馳走にかじりついた。
ティファが荷物から、折りたたみ式の椅子を出してくれる。
さらに火の魔法で、お湯を沸かして紅茶を入れてくれた。
「……お、おいしいっ。ティファの火魔法の腕前はかなりのモノね」
紅茶を味わいながら、私は感心する。
火の魔法でお湯を沸かすのは、継続的に熱を加えなくてはならないため、魔力操作が難しかった。
「ありがとうございます。アルフィン様のお役に立てて光栄です。
火の魔法は、かつてエルフの里で兄上から教わりました。以来、私の命を何度も救ってくれた力です」
その時、野太い悲鳴が聞こえた。
見ると、飛竜に追われる冒険者風の男性がこちらに全力疾走してきている。
「あんたら、飛竜の谷でのんびりティータイムとか正気か!? とっとと逃げろ!」
「クググッル……!(肉、にくぅー!)」
どうやら飛竜は、お腹を空かせているようだった。
飛竜はヨダレを垂らしながら急降下して、冒険者に爪をつき立てる。
「いてぇ……っ!?」
冒険者はギリギリで身をかわしたが、右肩を抉られて、血が噴き出た。飛竜は最下級の竜族であるが、その力はあなどれない。
「た、たいへん……っ!」
私がシロに視線を飛ばすと、シロはすぐに私の意図を理解してくれた。
シロが駆け寄ってきて、私とティファを背に乗せる。
「アルフィン様、逃げるのですね……!?」
「……いえ、違います。シロ、あの人も乗せて」
「わん!(良いけど、3人はちょっとキツイ!)」
愚痴をこぼしながらも、シロは冒険者のところに突っ込んで行く。
「なぁっ!? ホワイトウルフが人を乗せているだと!?」
「大丈夫。この子は絶対に人間を襲いませんっ!」
冒険者が警戒した素振りを見せたので、私は叫んだ。
私は飛竜に向かって、モンスターフルーツを投げる。
【スリープ】の魔法で、飛竜を眠らせてしまえば、簡単にこの場は切り抜けられるけど。変身や闇魔法を他人に見られては、今後、思わぬトラブルを招く危険がある。
そこで私は魔法を使わずに、冒険者を助けることにした。
「グルゥッ(うまそうな匂い!)」
飛竜は匂いに釣られて、モンスターフルーツを大口を開けて飲み込んだ。
あまりのおいしさに、飛竜は目を剥く。
「うっ、うぉっ!?」
シロが冒険者の襟首をくわえて、有無を言わさず走った。冒険者は宙ぶらりん状態で運ばれて、悲鳴を上げる。
「ティファ、風の魔法でこれを遠くに飛ばして……っ!」
ティファに最後のモンスターフルーツを渡した。
「なるほど、かしこまりました。アルフィン様!」
ティファはモンスターフルーツを投げると、風の魔法を使って爆風を発生させる。爆風に乗って、モンスターフルーツははるか遠くに飛んで行った。
「グル、クウゥッ!(ご馳走が飛んでいく!)」
飛竜はモンスターフルーツを追って、飛んで行った。もう冒険者にも、私たちにもまるで興味が無いようだ。
「ふう……よ、良かった」
とにかく逃げて、飛竜が追って来ないことを確認する。ようやく人心地がつけた。
「あっ、ありがとう。助かった……」
冒険者はシロに降ろしてもらうと、その場にへたり込んだ。
肩からの出血がひどく、意識がもうろうとしているようだった。
初対面の人は怖いけれど、そんなことを言っている場合ではなかった。
「……こ、この回復薬(ポーション)を飲んでください。元気になります」
私は荷物の中から【闇回復薬(ダークポーション)】を取り出して、冒険者に手渡した。
「こ、これは回復薬(ポーション)なのか……?」
前代未聞の黒い色をした回復薬(ポーション)だったため、冒険者は一瞬、ためらった様子だった。
「私は薬師です。これは開発した新しい回復薬(ポーション)でして……」
「いや……あんたは命の恩人だ。疑うなんて失礼だった。ありがたく、いただくよ」
冒険者は【闇回復薬(ダークポーション)】を一気に飲み干す。
「んっ……うまぁいいぃ! なんだ、この美味な回復薬(ポーション)は!? き、傷が完全に回復しているだと……?」
冒険者は飛び上がると、不思議そうに肩を見た。傷はキレイさっぱり消えていた。
「アルフィン様の【闇回復薬(ダークポーション)】は、どんな傷でも即効で治します。あなたは運が良いですよ」
ティファの解説に、冒険者は狐につままれたような顔をした。
「す、すげぇ! 嬢ちゃんはなんてスゴイ薬師なんだ! ぜひ、もうひとつ売ってくれ! これで妹も助かるぞ!」
やがて、その顔に理解の色が浮かぶと、冒険者は大声で叫んだ。
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