13話。エルフたちの救出を決意する

「お嬢様の前で、見苦しくないよう。ティファには、こちらに着替えていただきました」


 ヴィクトルに連れられて、エルフの少女ティファが魔王城の応接間にやって来た。彼女はボロの軽装ではなく、凛々しいメイド服姿だった。


 布地を贅沢に使ったプリーツスカート。頭には白いフリルの付いたカチューシャを付けている。

 まるで精巧なビスクドールのような可憐さがあった。


「彼女はメイドではないのに、な、なぜ、メイド服なのですか……?」


 私の疑問にヴィクトルが答える。


「お恥ずかしながら、現在の魔王城には他に、若い女性の装いが無いのです。お嬢様のドレスをお貸しする訳にも、参りませんので」


「えっ……私は構いませんが」


 私の部屋のクローゼットには、着替えとなる服が何着かあった。かつて、この城に滞在していたお母様が遺していってくれたものらしい。

 実家にあったお母様の形見は、継母と義妹に捨てられてしまったので、これはとても嬉しかった。


 そのうちのいくつかを、ティファに貸しても良いと思う。


「お気遣いありがとうございます、アルフィン様! しかし、それは恐れ多いことです。

 私はこの城で、アルフィン様のために働かせていただきたく存じます。なにとぞ、お側に仕えることをお許しください」


 ティファは片足を後ろに引き、両手でスカートの裾をつまんで、お辞儀した。

 ややぎこちなくはあるが、侍女の主人に対するあいさつだ。


「ふむ」


 ヴィクトルが満足そうに頷いた。彼が礼儀作法を、この短時間で教えたらしい。


「これは渡りに船だな。この城には、アルフィンの世話をする女性の召使いがいなくて困っていた。ティファはAランク冒険者パーティにいただけあって、腕もそれなりに立つようだ。ボディーガードとしても役立ってくれそうだな」


「はい、お父様。ティファさん、ど、どうかよろしくお願いします」


 私としても願ってもないことだった。

 今まで私の作った回復薬(ポーション)は、侯爵家の御用商人が買い取ってくれていた。

 でも考えてみたら、今度は自分で街に売りに行かなければならなかった。


 口下手な私には、商売の交渉をひとりでするなど自信がない。

 想像するだけで、目の前が真っ暗になる。


 ヴィクトルにお願いしてみたのだけど、魔族だとバレたら大騒ぎになるので、街に出向くのは難しいとのことだった。

 街に入る際は、必ず【分析(アナライズ)】の魔法で、種族チェックを受けることになる。魔族の侵入を防ぐためだ。


 これをやり過ごして入った場合、【活動許可証】が手に入らず、商品の売買ができなくなる。


 私は【分析(アナライズ)】を受けても銀髪になっていなければ、人間だと判定されたので大丈夫だけど……


 できれば、同行してくれる人が欲しかった。ではないと、絶対に失敗する。

 ティファは女の子だし、これ以上無い相手だった。


 私が右手を差し出すと、ティファは感激した様子で握り返してくれた。


「ありがとうございます。ティファは、アルフィン様の下僕(しもべ)です。なんなりとお申し付けください」


「えっ……そんなに、かしこまらくても……」


 ティファの崇拝するような物言いに、気後れしてしまう。


「アルフィン様は、魔王ランギルス様の後継者。私たち、人間に虐げられてきた者たちの救世主です。尊きお方……私は父上に武人となるべく魔法剣を叩き込まれました。

 この命に代えても、アルフィン様を守護することを誓います!」


「はぅ……ッ」


 そんな風に言われたら、プレッシャーで胃が痛くなってしまう。


「わ、私が目指すのは、この魔王城を無敵要塞と化して、この中に魔物たちの楽園を築くことです……人間を殲滅するとか、そういうことは一切するつもはないのですが、大丈夫ですか?」


 念のために尋ねてみる。

 魔王の後継者という言葉がひとり歩きして、変な期待をかけられたら困る。魔王になるとは決めていない。


「もちろんでございます。ただひとつお願いがございます。魔物たちの楽園を築く……そこにエルフも入れていただけないでしょうか!?」


 ティファは深く頭を下げた。その肩は若干、震えている。


 うん? あれ……こ、これは、もしかして、進言に対して私が怒ると思っているのかな?


「ティファ。分をわきまえなさい。アルフィンお嬢様に対して出過ぎですぞ」


 ヴィクトルが眉間にシワを寄せた。


「はいっ……申し訳ございません! で、ですが……なにとぞ」


 ティファは身を小さくするが、主張を引っ込めようとはしなかった。


「い、いえ、ヴィクトル。ティファは、自分を逃してくれた家族やエルフの仲間を救いたくて、申し出ているのでしょう。

 大丈夫です。わかりました。私はエルフたちも救いたいと思います」


「あ、アルフィン様……っ! ありがとうございます!」


 顔を上げたティファは、目尻に涙をにじませていた。


「それに……ティファの里を襲ったヴェルトハイム聖騎士団の団長は、私の育ての親であるロイドお父様です。

 私は娘として、その償いをしなければなりません。本当に申し訳ありませんでした」


「そのお話は、先ほどお聞きしましたが……アルフィン様には責任はないのですから、どうかお気になさらないでください」


 そう言ってもらえると、心が軽くなる。


「ロイドお父様がエルフたちを拉致して、人体実験の道具にしていたなんて……まったく知りませんでした。

 私は娘として、お父様をお諫めします」


 私は覚悟を決めて告げた。

 聖女だったお母様が生きていたら、きっと同じことをしただろう。

 罪も無いエルフたちを苦しめるなど、見過ごしてはおけない。


「具体的にはどうするんだ? ティファが監禁されていた実験施設を襲って、エルフたちを救出するのか?」


 ランギルスお父様が、腕組みして考え込む。


「勇者率いるヴェルトハイム聖騎士団と、全面対決することになりますな。いやはやなんともおもしろくなって参りました」


 ヴィクトルが、全身から殺気を発散させる。

 な、なんとなく、怖い……


「いえ、できれば全面対決とかは避けて……こっそり救出できないかと思いますが」


「アルフィン様、閉じ込められているエルフは200人近くになります。さすがに、気づかれずに全員救出というのは、無茶かたと……」


 ティファが顔を曇らせた。


「となると、それなりの戦力で挑む必要があるが……まだこちらの戦力が心もとない。戦力を拡充し、城の強化を十分にしてからだな」


 ランギルスお父様が腕を組む。


「すでにアルビオン聖王国には宣戦布告したような状態だ。ここにいつ軍隊が差し向けられるか、わからない。

 攻め込んでいる間に、手薄になったこの城が、逆に攻め落とされる危険もある。

 地下にある玉座が破壊されれば、王城は全機能を停止し、守護精霊である俺も消える」


「お父様、そうなのですか!? わ、わかりました……防備を固めてからの方が良いですね」


 私も考え込んだ。魔王城にそんな弱点があったなんて……

 それにランギルスお父様も永遠不滅の存在という訳ではないようだ。


 今の手持ち資金は20万ゴールド。これで増設できる施設で、できるだげ防衛力を強化していくことを考えないと。


「そのために最良なのは……おそらく果樹園と地下ダンジョン増設……」


・果樹園(費用10万ゴールド)

 どんな魔物でも食べることができて、ステータスが微量アップするモンスターフルーツを収穫できる。


・地下ダンジョン増設(費用10万ゴールド)

 地下ダンジョンを増設して、できるだけ多くの魔物に城に移住してもらう。さらに果樹園で採れたモンスターフルーツを魔物たちに毎日食べてもらって、ステータスアップをはかる。


「……おそらくこれが長期的に見た場合、最も戦力の拡充に繋がると思うわ」


 後は【闇回復薬(ダークポーション)】や魔獣たちからもらった牙や体毛などの素材を売って、お金を稼がないと。

 お金があれば新しい設備が作れるし、スキル【魔王城クリエイト】が条件を満たして、また進化するかもしれない。


「アルフィン様! 私の家族や仲間の救出を真剣に考えてくださるなんて……っ!

 アルフィン様にお会いできたことは、私の人生最大の幸運です!」


 ティファが泣き崩れて、その場に平伏した。

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