第55話

 シャワーを浴びて、藤堂の怪我の手当をし、服を着替えた。

 そして美里達は夜の闇に紛れて殺し屋宅を出た。 

 翌日、早い便で日本帰る為のチケットが取れた。

 二人はようやく機上の人となったわけだが。

 藤堂が怒っている様子なので口数も少なく、お互いによその方向を向いて席に座っていた。

 まあ、しょうがないとは思う。

 しつこいようだがまだ籍は入っていないので、空港で別れればハワイ旅行を楽しんだただのカップルで終わる。

 さすがのさすがに、美里の「趣味」を目の当たりにして、美里との結婚生活を続けようとはこの人も思わないだろうな、と思うわけだ。

 美里と一緒にいると危険が多いし、藤堂や笹本が人肉を欲しいならばお金で解決出来るのだからその方が絶対に安全だ。

「チョコレート・ハウス」に帰れないのは残念だな、と思った。

 チョコレート・ハウスは板チョコのような煉瓦で作った実物大のお菓子の家だ。

 美里の希望を叶えて作ってくれたやけに高価な家なのだけど、店の宣伝にも効果ありそうだし損はしないだろう。

 という風な事を考えて、美里は心の中できちんと気持ちにけりをつけた。


「ごめんなさいね。とんだ旅行だったわね」

 と美里が声をかけると、

「ああ」という不機嫌そうな短い返事が返ってきただけだった。


「怒ってるわよね?」

「ああ、怒ってる」

「…………」


 しょうがないので、窓の外を見た。白くて灰色で青いような雲の上を飛んでいる。

 飛行機のハネが見えた。

 エンジンが逆噴射でもしないかしら、と思った。

 ハネがぽっきり折れたら墜落するわね。

 墜落する時には座席の上に足を上げておくのがいいらしいわ。墜落の衝撃で座席が外れて背後から押し寄せてくるから、足が切断されるらしいわ。

 身体を丸めてあぐらをかく格好が一番いい、とサバイバルの本で読んだのだけれど。

 一理あるわね。

 なんて事を考えていたので、少しばかり悲しみが薄れていたのに、

「君は」と藤堂が言った。

「え? 何?」

 振り返ると藤堂がこちらを見ていた。

「君は結婚式もしない、指輪もドレスも必要ない、と俺には拒否した」

「え? ええ。だってあの家だけで十分贅沢……」

「なのに、あの男の為にはウエディングドレスを着て、立派な婚約指輪をその指にはめるんだな」

「そ、それは、でも、あの男が勝手に」

「俺は君が生涯でたった一度ウエディングドレスを着る機会をあの男に与えてやったのを許してやるほど心が広い男じゃないな」

「……」


 怒ってる理由がそこなのか、と思い美里は少し笑った。


「だって私も気を失ってたっていうか、気がついたらああいう姿だったわけで……」

「そうだ。君がふらふらとあの男を捜しに出かけて、逆に捕まって、気がついたらブードゥーの呪いとやらであの男のいいなりで、しかも裸にされてドレスを着せられて、その間に意識のない身体をいいようにされていたなんてな!」

「そこらへんは……その……何もなかったはず……としか……」

 藤堂は美里の右手を掴んで、チュッチュとキスをした。

「全く俺は、嫉妬で頭がどうにかなりそうだ」

「……」

「帰ったらウエディングドレスを買いに行こう」

「え? そんなのいらない……」

「俺は一生、あの男の選んだドレス姿の君を覚えてなくちゃならないってわけか?」

 藤堂が横目で美里を睨んだ。

「あー、はい。ではレンタルでお願いします」

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