第54話
「さすがに同情するよ」
と声がしたので、顔をあげると藤堂が痛そうな顔をしていた。その向こうの殺し屋もひきつった顔をしている。
「クレイジー」
と殺し屋が言った。あんたにだけは言われたくないわ、と思った瞬間にいい事を思いついたのだけど、それは殺し屋をやっつけてから後の話だ。そしてその「いい事」を実行できるかどうかのパーセンテージは低い。
今現在では美里達が不利なのは間違いなかった。
それぞれに三竦みのように三人でにらみ合っていた。
殺し屋は二人相手でも余裕があるのかにやにやとしてナイフをもてあそんでいる。
トミーは口から泡をふいてうつむいている。ぴくりともしない。
美里は白いピンヒールをそっと脱いだ。
頭の白いヴェールもはぎ取る。胸のダイヤのネックレスもぶちっとちぎる。
「ノー」
と殺し屋が言った。
身体が柔らかいのが取り柄なのが役に立ったのは人生で初めてだ。腕を背中に回すと、ファスナーに手が届いたので、一気に引き下げた。鎧のようなドレスがざっと足下まで落ちた。ドレスはとても重かったので美里は大きく深呼吸をした。
藤堂と殺し屋と美里は三角形の形で立っていた。
お互い緊張感を持ってにらみ合っていたのたが、美里がドレスを脱いだ瞬間に藤堂が、
「お、おい」
と言い、殺し屋が何かを叫んだと同時に藤堂にナイフを投げた。
「危ない!」
と美里が叫び、殺し屋は笑った。藤堂は一投目をよけたけれど、殺し屋の手にはすでに次のナイフが握られていて。今にも投げようと構えている。
藤堂は美里が撃った釘打ち機のせいですでに傷だらけだった。
腕や足に釘が刺さっていて、機敏に動くのは無理があった。
かろうじてナイフをよけたけれど、床に倒れてしまった。
美里は藤堂のところへ駆け寄った。
「君は……早く逃げろ」
と藤堂が言った。
「いいえ」
美里は藤堂の身体を自分の後ろへ隠して殺し屋を睨んだ。
「この人を助けてくれたら、あなたと結婚してもいいわ」
と言ってみた。
殺し屋は首をかしげた。
「つ、通訳は断る」
と藤堂が言った。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 死んじゃうわ!」
「君を他の男に渡すくらいなら、このまま死んだ方がましだ」
藤堂は美里の腕を引き寄せて、ぎゅっと美里を抱きしめた。
美里も藤堂の身体を抱きしめた。
藤堂が苦しそうに呻いた。
かつかつちと靴音がして、殺し屋が何か叫びながら近づいてくる。
藤堂が何か言い返す。
殺し屋がすぐ側まで来てナイフを持った腕を振り上げた。
「待って、待って、あなたと結婚するわ。だからこの人を殺さないで」
「★◎$!」
「お願い。プリーズ」
美里は藤堂の腕をほどいて立ち上がった。
「美里!」
どれだけ懐柔できるか分からないけど、一応下着姿だ。ご丁寧に太ももまでのストッキングにガーターベルトまで装着されている。
美里は両腕をあげて、殺し屋に近寄った。
殺し屋はやはりにやにやしていたが、美里の身体に両腕を回した。
多分、藤堂に見せつけてやりたいといういやらしい思惑だろう。藤堂に向かって何か言った。藤堂はそれには何も答えなかった。
殺し屋の手にしていたナイフが少し背中をかすったので大げさに、
「痛いわ!」と言うと、
「ソーリー!」と殺し屋が言ってナイフをポケットにしまった。
それから、もう何も持ってないよ、と言う風に両手を広げて、表裏ひっくり返して見せたりした。けれど、手のひらを返した時に手首に小さいナイフを仕込んであるのが見えて、それを大げさに笑ったりするので、
「アメリカンジョークは好きじゃないわ。くだらない、笑えないわ」
と笑顔で答えた。
殺し屋は美里の身体をひょいと横抱きにして抱え上げた。お姫様だっこという奴だ。
美里は殺し屋の頬に両手で触れる。肉食のアメリカ人のくせにすべすべとした綺麗な肌だった。殺し屋はにっこりと笑って、美里達は見つめ合った。
そして美里の両手の親指がずぶずぶと殺し屋の両目の中に入っていった。
絶叫があがった。
美里の親指は手の平の根本の方までずぶずぶとしっかり入っていった。
柔らかくて、暖かくて、ああ、なんて素敵な感触。
殺し屋の手が自分の顔を覆ったので、美里の身体は床に落っこちた。
殺し屋は苦痛の声を上げて、自分の顔を押さえていた。
自分の親指はぬるぬるとする。
だけど殺し屋の眼球は柔らかくてとてもいい感触だった。
眼球が裂ける瞬間の小さな爆発がとても素晴らしいのだけど、いつも成功するとは限らない。腐ったような眼球は力なくしぼんでいくだけだ。この殺し屋の眼球はまれに見る極上品だったわけだ。
美里はそっと起き上がって、殺し屋の身体の向こうに落ちている美里の釘打ち機を拾った。
殺し屋は泣いてるのか、痛がっているのか、顔を押さえて呻いているだけだった。
釘打ち機でバシュバシュっと殺し屋の身体を撃つ。
頭と身体に釘が刺さって、殺し屋は痙攣しながらのたうち回った。
でもさすがに釘打ち機も飽きてしまった。
殺し屋のポケットからナイフを取り出して、首を切り裂いてみた。
自分の武器で最後を迎えるなんて素敵じゃない?
とても疲れていた。
けど先ほど思いついたいい事を実行したかったのでがんばった。
すべての作業を終えると、
「なかなか芸術的だね」と藤堂が言った。
「そうでしょう?」
「じゃあ、日本へ帰ろうか」
「ええ」
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