第40話
マウイ島行きの飛行機の中で、さっきの青年は誰だったのかと美里が藤堂に聞くと、
「彼はトミーといって、ボブの店でバイトしてる大学生だ」
と言った。
「ふうん、結局、何を言いに来たの? アメリカ人の肉がとても美味しかったってわざわざ言いに来たの?」
「謝りに来たらしい」
「何を?」
「つまり……君を」
ここから藤堂は小声になって美里の耳元で、
「君を襲った二人組と彼は共犯のようなものだったからさ」と言った。
「共犯? 三人組だったの?」
「彼は怖じ気づいて隠れていたらしいが、君のハンティングを十分に目で楽しんだらしい」
「……」
「だが、彼が気弱だった事が幸いした。彼は警察へ駆け込む前にボブの店に走ってきた。だからボブが二人組の始末をつける事ができた。君が大事そうに持っていた釘打ち機はその時の武器だろう? 俺も見たよ。なかなか芸術的な仕上がりだったな」
「トミーとボブとあなたとあの黒人と金髪白人はみんな知り合いなの?」
ちょっとばかり腹がたってきたぞ、と美里は藤堂を睨んだ。
「俺は関係ない。二人組とトミーとリズが大学生というつながり。リズの命令で君を脅かそうとして、君に返り討ちにあった馬鹿どもさ。トミーは腰抜けで命拾いしたってとこ」
「リズ? どうして彼女が私を脅かそうとするの?それに あの二人組は冗談ですって感じじゃなかったわよ。本気で私をナニして、ナニしようとしてたわ」
藤堂は咳払いをして、狭い座席に座り直した。
「つまり……それは……」
「あなたも無関係じゃなかったって事でしょ! リズはあなたの何なの? 恋人なの? それならまだ籍は入ってないから、私達はこのハワイ旅行でおしまいにしましょう。ハワイ娘とあなたを共有するなんて冗談じゃないわ」
「ちょ、待てよ。俺は関係ない。リズが勝手にやった事だ」
「あなたと関係があったからでしょう?」
「関係なんかない! って、俺がボブの店に行ったのは笹本さんとほんの数回だけだし、特別に彼女とつきあいがあったわけじゃない」
「何もないのに、そんな事する? 新婚旅行に来てる人の奥さんを襲う? 殺されるところだったのよ!」
「俺を疑ってるのか? リズと関係があったと?」
「疑っているのかですって? 今の私にそれ以外に何が出来るって言うの?」
二人はお互いに少し興奮していたので、周囲の外人達がみんな耳をすましたり、くすくすと笑ったりしているのに気がつかなかった。最初はひそひそと話をしていたはずなのに、少しばかり声が大きくなってしまったらしい。
通路を挟んだ隣の乗客が何か言って、周囲がどっと笑った。
藤堂が誰にともなく言い訳のようなことを言ったが、もちろん美里には分からない。
美里が殺人鬼でなかったら、美里は犯されて殺されていたのだ。
美里が自分の身を守る事が出来たのは幸運だ。
美里が釘打ち機を購入してなかったら、黒人と金髪白人にぼろぼろに犯されて殴り殺されていたのだ。そしてボブが美里を切り刻み、彼らの夕食になっていただろう。
藤堂の元カノか何か知らないけど、リズの差し金で。
そして美里の気に入っていた釘打ち機も藤堂に取り上げられてしまった。
バッグと釘打ち機で千二百ドルもしたのに!
何なの、この人。美里は横目で藤堂を見た。
藤堂はそんな美里をちらっと見て、
「話は後だ。隣の男に「こんな狭い場所で痴話げんかはよしてくれよ。日本人」と言われた。どうも日本語が分かるようだ」
と小声で言った。
美里はつんと横を向いて、窓の外を眺めた。
外はいいお天気だった。
空はまぶしいくらいに青いし、雲は真白いし、遠く眼下に見える海はまさしくマリンブルーだった。マリンブル-? そういえば、マリンブルーの爪をどこへやったのかしら? 涼しげな水色の爪を思い出し、ふと意識がリズから離れた。
そうする事で気持ちが落ち着いてきた。
リズは藤堂が好きだから、美里を排除しようとした。
友達を使って? 馬鹿なの? ボブもメアリーもそんなに悪い人には見えなかったけど、やっぱり、妙な物を食べる人種は妙な事を考えるんだわ、と美里は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます