第41話

 マウイ島にはそれほど日本人はいなかった。

 日本語で書かれた看板がほとんど見られない。

 ホテルは素晴らしかった。まるで映画のセットのようだった。

 銃撃戦でも起こらないかな。逃げ惑う日本人役がやりたいわ。

 外国製のバスタブ。バスタブとシャワー室が別だった。どうやって使うの?

 ベッドはもの凄く広く大きく、天蓋付きで、まさしく新婚旅行的だった。

 そして部屋から一歩ベランダへ出れば、そこから外には輝くプライベートビーチが広がっているというロケーションだ。

 だが美里達はそんな素晴らしい部屋で不愉快なハワイっ娘の事を話し合うってわけだ。

 藤堂は大きなベッドに腰をかけ、いらいらとした口調で、

「リズとは何もない。本当に何の関係もない」

 と美里に向かってそう言った。

「リズが勝手にあなたにお熱をあげてるってわけ?」

「さあな」

「数回しか会ってないって言ったけど、それでそんなに思い詰めた事するかしら」

 美里は窓際のすばらしくふかふかのソファに座りながらそう言った。

 ふかふかすぎて大きすぎて、身体が沈み込んでいく。ソファで溺れそうだ。

「だいたいリズはまだ二十歳かそこらだ。そんな気になるはずないだろ」

「二十歳って恋愛するには充分でしょ」

 とは言ったものの、恋愛に関しては経験値ゼロの美里が自信を持って言える事でもない。

「俺もう三十だぞ? 二十歳ってちょっと無理だろ」

「そんな事ないでしょ? 若い方がいいに決まってる。そこは世界共通でしょ」

「リズが浅はかだったのは確かだ」

「おかげで殺されるところだったわ」

「でも君も思う存分に新しい武器の性能を試せたってわけだ」

「あなたはそれを取り上げたじゃないの。高かったのに」

「あんな危険な物を持ち歩いて見咎められないとでも? 日本じゃないんだぞ」

「な、何よ、私が悪いの? あなたの恋人に殺されかけた私が悪いの?」

「恋人なんかじゃないって言ってるだろ」


 そんな事を言い合っているうちに馬鹿馬鹿しくなってきてしまった。

 どうしてこんなに素晴らしい場所で喧嘩しているのかしら。

 お昼も過ぎてる。お腹がすいたわ。ここへ来てからゆっくり昼食をとるって予定だったのに。リズは私ののお昼ご飯すら邪魔するのね。性悪なハワイっ娘。殺してやろうかしら。

 美里はそんな事を考えた。

 空腹で戦闘能力もゼロ、HPもMPもゼロだ。

 美里は唇をとがらせてだまり込んだ。

 藤堂が立ち上がる気配がした。

 ごそごそとバッグから何かを取り出して、美里の膝の上にぽんと投げてよこした。

 美里はそれを見てから一生懸命、必死で顔を引きつらせた。

 それは藤堂の作った素晴らしく美味しいチョコレートだったからだ。

 こんな奥の手を持ってきてるなんて、卑怯な男だ。

 顔がゆるんだら負け、のような気がした。

 が、美里は甘い甘いチョコレートの前になすすべもないのだ。 


 しょうがないので、一個三百円もするチョコレートを食べる。

 何個も食べる。

 高価な材料と手間暇かけて作ったチョコレートを美里はむしゃむしゃ食べた。。

 長方形の箱に二個づつ並んで全部で十個いりのチョコレート。

 この小さい箱で三千円だ。消費税が10%で三千三百円。

 高いわね、消費税、大事な大事な丹精込めて作ったチョコレートをむしゃむしゃ食べられて、さぞかし嫌な気分でしょうね、と思って藤堂の顔を見たらそうでもなく、少し笑っていた。

「腹が減ったな」

 と言ったので、美里は賛成した。

「ええ、もうリズがあなたの愛人でも隠し子でもかまわないから、食事に行きましょう。お腹がすいて考える力もないわ」

「違うって言ってるだろ」

 そう言い合いながらも美里達はようやく部屋を出た。

 豪華なホテルのすぐそばには海しかなく、本当にバカンスに来る人はこういう場所に来るんだろうな、と思う。昨日までの観光客の大波は見る影もなく、それこそ映画のワンシーンのような美しい風景だった。

 近くのシーフードレストランで食事をした。

 ロブスターはゴムみたいで、野菜はぱさぱさで、ステーキも革靴のように堅く、パンにはハエがたかっていたけど、どの席の客も気にする様子はなかった。

 日本人は神経質すぎるのかしら。

 ボブの店の食事の方が何倍も美味しかった。

 現地人は美味しい物を食べて、観光客用にはこんなものなのかしらね。

 それでも満腹になると、生きる活力が生まれてくるものだ。

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