第32話

 ハーイ、ハローハロー。こんにちは。

 僕の名前はトミー。ハワイ大学の四年生

 容姿は……そうだな、ウォーリーを探せの実写版だと思ってくれたらOK。

 空いた時間はトラットリアというイタリアンレストランでバイトしている。小さな小さな地味なレストランで地元民しかこないような店だ。観光客を見込んでもっと宣伝すればいいのにと思うんだけど。この提案にシェフのボブはいい顔をしない。

 奥さんのメアリーと娘のエリザベスの三人家族でやってる店だ。手伝いにジョンという男が時々来ているけど、無口で無愛想で意地悪そうだからあまり話をしない。

 僕は厨房に入って、ピザを焼いたりパスタをゆでたりするのが仕事だ。


 でもボブが本当にイタリアンの修行を積んだかどうかはちょっと怪しいと思っている。

 何て言うか……大雑把な料理だから。焼くか揚げるか、煮るか。まあ、料理ってやつはだいたいそういう物かもしれないけど、どうも繊細な盛りつけとか、器に凝るとかがボブには足りないような気がするんだ。

ボブがどばっと焼いて、どばっと皿に盛るとメアリーがどすどすと歩きながらその皿を客の前に置く。客はマナーも何もない。がつがつとがっつくんだ。

 だけど狭い、汚い店のわりには固定客がある。上得意もある。この間来てたのは新聞でもよく見るような有名な弁護士だったよ。あんな上流の人間とも交流があるボブは凄いとは思う。


 僕は今日も竈の前でピザが焼き上がるのを見ていた。

 店の方でメアリーとリズ、ああ、リズっていうのはエリザベスの愛称さ、が開店準備をしている。リズはきらきらとしたブロンドがとても綺麗で、本当に美人なんだ。彼女はとても優しくて、グラマーで。でも、まだ僕たちはそんなステディな関係じゃない。誓ってもいい。リズはそんな女の子じゃないからね。

 でもリズはきっと僕の事を好きで、待ってるんだと思うんだ。

 だから僕が大学を卒業したら、プロポーズするつもりだ。

 僕たちでこの店をもっと流行らせて見せる。ほら、日本のガイドブックの先頭に載るような店にするんだ。

「本当なの!? トードーが来てるの?」

 とリズが叫んだ。何なんだ?

「そうよ。夕べね」

「どうして連絡してくれなかったのよ!」

 リズが顔を真っ赤にしてメアリーに詰め寄っている。

「だって、あなた夕べは遊びに行ってしまってたじゃないの。トードーが来たのも突然だったんだもの。ハネムーンでこっちに来てるんですって」

「ハネムーン? 結婚したって事?」

「そうでしょ」

 リズが悔しそうに唇を噛んだ。 

 そこへボブが汗をふきながら入ってきた。

「今日も暑くなりそうだが、ひょっとして間に一雨くるかもしれないな。あまりに太陽が強烈すぎる」

「パパ!」

「どうした? リズ」

「トードーが来てるんでしょ! トードーに会いたいわ!」

「会いたいって……トードーは新婚旅行中だぞ。トードーの奥さんがまた素晴らしいハンターで……」

「そんな事知らないわ!」

 リズはつんと横を向いた。

「ねえ、トードーに電話して!」

 こうなったリズはもう誰にも止められない。彼女はかなりわがままで、自分の要求が通らない事が我慢ならないんだ。まあ、僕にしたらそこが可愛いんだけどね。

 困り果てたボブがトードーの滞在するホテルに電話をし始めた。

 だが、すぐに肩を落としてリズを見た。

「今日は観光に行くから駄目だそうだ」

「何よ! 観光なんていつでもできるじゃない!」

 そりゃ、ハワイに住んでる僕たちはね。トードーとやらは日本から来てるらしいから貴重な時間だろうね。日本人はそれはもう足早に観光して、土産を買って帰っていくんだ。

 実際に肉眼で見た景色とか、風とか、太陽とか、そういうの本当に覚えているんだろうか。写真やビデオの中でいつでも再生できるけど、レンズ越しの景色で満足なら、絵はがきでも眺めてればいいのに。

「行ってくる」

 と言ってリズが店を飛び出して行ってしまった。

「リズ!」

 ボブとメアリーが顔を見合わせて、肩をすくめた。

「困った娘ね。トードーはもう結婚したんだから」

「それにしても、トードーが結婚とはな。絶対、一生結婚はしない、と言ってたのにな。笹本がいくら女性を紹介しても断ってた、あのトードーが」

「あら、でもミサトは可愛らしい女性だったわ。日本の女の子は小さくて可愛いわね。あんなに小さくて華奢なのに、素晴らしいわね。昨日の腕前は」

「全くだ、間違いなく心臓に一発のヒットで仕留めていた。酷い損傷もないしうっ血もない。見事な形の心臓を取り出すことができた。しかも、ここへくる直前に仕留めたというじゃないか、あんなに新鮮な肉は久しぶりで胸が躍ったよ。まったく素晴らしい! あのトードーが一目惚れで強引に結婚してもらったというのも頷ける話だ」

「リズには可哀相だけど、トードーが振り向く事はないと思うわ」

「ああ」

 というような会話をボブとメアリーがしていて、僕はピザの焼き加減を見ながら耳を傾けていた。トードーのワイフのミサトは狩人なのか? ウサギでも仕留めて持ってきたのかな。

「トミー!」

「は、はい!」

「ピザが焦げちまってるじゃないか!」

「あ、すんません」

 僕は慌てて窯の上のピザを皿に移したが、底は真っ黒、チーズも溶けて乾いてカチカチになっていた。

 ボブが苦い顔で僕を見た。

「給料から引いとくからな」

「は、はい」

 ちくしょう。まただ。バイト代がたまらないのはまったくボブがケチなせいなんだ。

 バイト代がたまったらリズを誘いたいのに。きっと彼女もそれを待ってるんだ。

 そうさ、トードーなんて日本人、日本に帰ればそれだけの話さ。それに、日本人なんて 背が低くて、痩せてて、にやにやしてて、眼鏡をかけてて、金だけは持ってるいけすかない人種だ。トードーだって、そんな日本人に違いない。

 ああ、もちろん日本のアニメは素晴らしい文化だけどね。

 大学の友達に誘われて日本のアニメのコスプレをしたことがある。

 あれは素晴らしいね。

 僕は本当に侍になったような気がした。ええと、なんて言ったかな。

 緑の髪の毛で刀を三本持ってる、片目の剣豪さ。あの時の写真は宝物だよ。

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