第33話

 だけど、僕は日本人が嫌いだな。

 だからトードーにははっきり言ってやるよ。リズに近寄るな!ってね。

 トードーにはワイフがいるんだから、いいじゃないか。

 よし、僕がびしっと、言ってやる。

「リズを傷つけるやつは許さ……」

「パパ! ママ! トードーが来たわ!」

 がたん!と派手な音がして、リズが飛び込んできた。リズは大きな腕にしがみついていた。そして満面の笑顔だ。腕の主は苦笑しながら、リズと一緒に店の中に入ってきた。

「トードー! 来てくれたのか」

 とボブが言った。

「ミサトは?」

「彼女はホテルゆっくりするからって」

 とトードーが笑った。

 

 ちくしょう。なんて大きな日本人なんだ。本当に日本人か? 眼鏡もかけてないし、にやにやもしてないし、アニメのTシャツも着てないじゃないか。


「パパ、トードーがデザートを作ってくれるって! ね、そうでしょ? トードー?」

 リズがとびっきりの笑顔で聞くと、トードーは、

「何を作りましょうか?」 と言ったが、

「チョコレートを使ったデザートがいいわ!」と言うリズには、

「悪いけど、プライベートではもうチョコレートは作らないんだ」と答えた。

「あら、どうして? トードーのチョコレートは世界一おいしいのに!」

「プライベートではチョコレートはミサトの為にしか作りたくないんだ」

 リズは酷くショックを受けたような顔をしたが、僕は少しばかりトードーを格好いいと思ってしまった。トードーはノーと言える日本人だった。

「今度、日本から送るよ。店に出してる分のチョコレート菓子を」

とトードーが優しく言った。

「それじゃしょうがない。トードーのチョコレートは楽しみにしておいて、今日は何を作ってもらおうかな。デザートの材料になるような物があったかな。肉はたくさんあるんだがな。昨日、ミサトが調達してくれた新鮮なのが」

「じゃ、その新鮮肉でミートパイでも作りましょうか」

 とトードーが言ったので、ボブとメアリーはブラボーと答えた。

「パイ生地を作ってる時間はないんだ。ミサトを待たせてるから」

「冷凍のがあるわ」

 メアリーがフリーザーから冷凍パイ生地を取り出した。トードーは上着を脱いで、シャツの袖をまくった。丁寧に手を洗う。ボブの大きなエプロンをして、材料と調味料を確認した。

「正確に言うとこれは笹本さんの領分ですけどね」

 とトードーが苦笑する。


 リズは放心したような顔で椅子に座ったまま、厨房の中のトードーを眺めていた。

 よっぽどトードーのチョコレートが食べたかったのか。

 僕も邪魔にならないようにリズの横に座ってトードーの作業を見ていた。

 野菜を刻む。ミンチ機から出てくる肉をボウルに入れてこねる。

 ミサトが調達した肉ってウサギの肉のミートパイなのかな。贅沢だなぁ。

 ボウルの中にチーズ、パン粉、ケチャップ、ソース、塩、こしょうを入れる。

 野菜と肉をまとめて炒める。

 炒めた具をまとめてフリーザーで冷やす。

 パイ生地を薄くのばす。

 のばした生地で綺麗な木の葉の型や花びらの型の飾りを作る。

 起用だなぁ。小さいナイフで均等に切り取っていく。

 冷やした具を広げた生地に載せて、もう一枚でふたをする。生地の端はフォークの先でぎゅっぎゅっと押さえていく。綺麗な縁飾りになった。

 パイの表面に卵黄を薄めた液を刷毛で塗る。

 パイの上に綺麗に飾りを乗せて、それにも卵黄を塗る。

「二十分、焼いてください」

 とトードーが言い、メアリーが加熱してあったオーブンに入れた。

「手際がいいね」

 と僕がリズに言ったら、

「本職なんだもの。辺り前でしょ」

 ととげのある感じで答えた。

「どうして、トードーは日本人なんかと結婚したのかしら」

「だって、それは、トードーが日本人だからだろう?」

「ミサトなんてトードーにふさわしくないわ!」

「ミサトはどんな人?」

「チビだったわ。ブスだし。トードーはミサトのどこがいいのかしら」

 オーブンからいい匂いがしてきた。香ばしい、食欲をそそる匂いだ。立ち上がって厨房の中をのぞくと、しっかりと膨らんで何層ものパイ生地が立ち上がっているのがみえた。

 こんがりと焼けたミートパイは本当に美味しそうだった。

「トードーが日本へ帰らなかったらいいのに」

 とリズが小さい声でつぶやいた。

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