第30話

 どうやら美里はハワイとは相性が悪いようだ。

 日本人を馬鹿にしながら寄付をねだる無礼な男、人の夫に色目をつかうハワイっ娘。

 そして美里を犯して殺して金目の物を奪おうとしている目の前の二人組。

 たった二日でこれだけの目に合わなきゃならないなんて。

 もう二度とハワイには来ない、と決心した。

 口の中が切れたと同時に美里の理性も切れた。



 黒人はやけに太った大男だった。ズボンをずらしながら美里に近づいてくる。美里を見下ろして何か言っている。英語は分からないが、何を言ってるのかはだいたいの想像がつく。

「俺は泣き叫ぶ女を殴りながらやるのが好きなんだ」とか何とか言ってるのだろう。

 それに対して金髪白人は肩をすくめてみせた。

 美里は片手でバッグを抱きしめて地面に座り込んでいた。右手はバッグの中の釘打ち機を掴んでいる。美里がうつむいているので、黒人は美里の髪の毛を掴んでぐいっと引っ張った。つられて身体が浮く。黒人は中腰になって美里の顔をのぞき込もうとした。こういう低脳な男はたいてい、被害者の泣き叫ぶ顔を見たがるものだ。泣いて許しを乞う人間をいたぶる事に生き甲斐を感じている。そうしなくては粗末な物が使い物にならない性癖なのかもしれない。

 黒人の顔が近づき、きつい体臭が鼻をついた。すえたような腐ったような匂いだ。汚い手で髪の毛に触れられるのも嫌だが、今はしょうがない。

 さらに臭い息を吐きながら美里に何か言った。


 バシュッという小さな音がした。さらに続けてバシュバシュっと打った。

 黒人は動きを止めて、信じられないという風な顔をした。自分の頭を動かすと力の抜けた黒人の腕が外れた。そしてそのまま横倒しに倒れた。

 黒人の耳の穴から一筋の血が流れ出た。

「ヘイ!」

 と声がした。金髪白人が煙草を投げ捨ててドラム缶から飛び降りた。

 金髪白人はいい。クズでも仕草が格好よく、映画のワンシーンのようだ。

 美里はおびえた顔をして一歩だけ下がった。

 金髪白人はよく見るとなかなかの美少年だった。倒れた黒人の側に跪いて、声をかけようとしたので、釘打ち機でその金髪の頭をがつんと殴ってやった。

「う……」

 と言って頭を押さえたので、さらにその頭を押さえた手の上に釘を打ち込んでみた。

「ぎゃ!」

 と言って、飛び上がった。手を外そうとしたが、頭から離れない。頭の上に手を置いたまま、美里を睨んだ。釘の長さは五センチ弱ほどだから、彼ががんばれば抜けるだろう。頭に刺さっているのはほんの少しだ。

 金髪白人が立ち上がろうとしたので、足を打つ。ぎゃっと叫んで横に倒れた。

 さすがにどこの生産か分からない外国製の釘打ち機だ。

 どこにでも、離れていても打ち付ける事が出来るた。

 日本製は目標に押し当てなければ釘が出ないようになっているはずだ。

 足に一列に打ち込んでやる。バシュッバシュッという音は小気味がいい。跳ね上がる身体にも打ち付ける。もう少し時間があれば綺麗に装飾してやれたのに、と美里は思う。 

 頭の上から血液が流れ出る。金髪白人はいい。血液の色が鮮明でとても絵になる。黒人は顔も髪の毛も黒いから、血液がどれだけ流れたか分からないのが残念だ。白や金が血や泥で汚れるのはさぞかし美しいだろうと思った。

 にやにやと笑っている美里を見て金髪白人は不安そうな顔になった。

 ようやくイカレタ女を誘い込んでしまった、と理解したようだった。

 その顔が合図となる。

 期待に応えて、美里は金髪の彼の綺麗な顔に打てる限りの釘を打ち込んでやった。

 

 雨が降り始めたようだ。

 いきなりの雨は雷をともなってごろごろザーザーと酷い音を立てている。

 金髪の彼が大人しくなったので、黒人の仕上げをする事にした。

 すでに息絶えているが、白い目が開いたままだ。

 死ぬときくらいは目を閉じておかないとね。

 開いた両目に釘を打ち込む。針山の針みたいに両目に山盛りになったが、すぐに目がしぼんでしまったので、ゆらゆらと不安定になってしまった。

「あら」

 そこで引き金が引けなくなった。よく見れば釘が空っぽだった。一回の充填本数は百本。

「百本も使ったかしら」

 釘打ち機をバッグに戻して、金髪のポケットから取られた金を取り戻して美里は倉庫を出た。外の雨はざんざん降りだった。もちろん人っ子一人いやしない。辺りはうす暗く、ハワイの空には似つかわしくない暗雲が激しい雨を降らせている。


 この雨が硫酸だったらいいのに、と美里は思った。

 身体を穴だらけにしてくれればいい。

 誰か倉庫の死体を早く見つけたらいいのに。

 アメリカの警官が格好いいパトカーで駆けつけたらいいのに。

 そして今すぐ美里を包囲して、銃で撃ち殺してくれたらいいのに。


 藤堂はすぐに駆けつけてくるだろうか。

 美里を見て「こんな女は知らない」と言うだろうか。

 その横にはリズがいるだろうか。

 

 美里の遺体は日本へ戻れるだろうか。

 それともこの誰も知らない土地で朽ち果てていくのか。

 

 今度はハワイッ娘に生まれ変われたらいいのに。

 だがボブの娘は嫌だ。

 人肉は食べたくない。

 今度はアメリカの警官になって、イカレタ殺人鬼を撃ち殺す役がいい。

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