第29話
「おお!」
超有名ブランド店のショーウインドウにエナメルのトートバッグが飾られていた。 そんなに大きくはなく、深くもない。さっと物を出し入れするのに便利そうだし、持ち手もしっかりしてそうだ。何より、美里の釘打ち機を入れのにぴったりな大きさだ。
店の門番であろう黒人がこちらを見ている。ブランドの店なんかにはそうそう行く機会もなく、いかにも金持ちそうでもなく、Tシャツにスカートという簡素な格好だったが、肩をすくめながらも門番は店内に招き入れてくれた。一直線に店員のとこまで行って、
「ショーウインドウに飾ってあるエナメルのバッグが欲しいんだけど」
と言ってみた。もちろん、日本語だ。
つんとしたブロンドでブルーアイの店員はにこっと笑って。
「オマチ……クダサイ」
と日本語で言った。
「何だ……日本語通じるんだ」
大げさな袋に入ったバッグを手袋をした両手で大事そうに持ってきた。もったいつけて美里の前に置く。
「いくら?」
と聞くと電卓で数字を打って、それを見せてから、
「千二百ドル」と言った。
「じゃあ、これいただくわ」
財布から札を出して数える。
釘打ち機と専用バッグ、合計で千七百ドル。
藤堂に怒られるかしら、と一瞬思ったが、リズの顔が浮かんできてむっとなる。
丁寧に袋に入れたバッグをまた紙のバッグにいれて、それを差しだされた。
「ありがとう」
と言うと、
「サンキュー」
と笑顔で返された。
買い物をした客には愛想良くすると決めているらしい門番が笑顔で扉を開けてくれた。
近くにハンバーガーの店があったので美里はそこでバーガーセットを買った。
もちろん、一人前だ。藤堂の分は知らない。
リズと一緒にボブの人肉料理でもごちそうになればいいのだ。
店の前にテーブルを椅子が置いてあったのでそこでぱっぱとハンバーガーを食べた。
釘打ち機と財布をエナメルバッグに入れてみる。
ちょうど良いサイズで、ブランドのロゴが真ん中に大きくあるのも良い。
生まれて初めてブランド物を贅沢の為に買ったような気がする。
ブランドの紙袋に元の手提げとタグなどのもろもろ不要品を入れて、エナメルバッグとともに下げる。二キロの重量にも耐える、少しも型崩れしない。
さすがにブランド品だ。
ブランド店に群がる日本人バーカとか思っててごめん、と美里は呟いた。
人気のない場所ないかな、釘打ち機、打ってみたい、と思いながらまたぶらぶらと歩き出す。英語が出来ないので、基本、ホテルが見えなくなる場所までは行かない。
人通りも多いし、日本人もたくさん見える。少し隙があったかもしれない。
ウインドウに飾ってある品物を見て歩いていたのだが、ぐいっと腕を掴まれた。
「へ?」 と顔を上げると。見上げるほどの大きな黒人と、貧相な金髪の白人の二人組が目の前にいた。美里の腕を掴んでいるのは黒人だった。
「な、何よ」
強盗か、と思った。財布さえ渡したら消えるのだろうか。。
黒人は美里の腕を掴んだままずんずんと歩き出した。引っ張られて歩く。その後ろから白人がついてくるのだが、いつの間にかその手にはナイフが握られていた。
「お金ならあげるわ。マネー、マネー」と言ってみた。
財布を取り出して、中から札束を出して見せると金髪白人がそれをひったくった。
だが、黒人の足は止まらない。
一つ角を曲がるだけで、淋しい場所に出た。ボブの店へ行く時もそうだったが、すぐそこに滞在しているホテルが見えているのに、さあっと人が消えているのだ。
倉庫のような場所に連れ込まれた。
中は暗く、廃材が積み上げられているような場所だった。
黒人は美里を突き飛ばしてから、「へっへっへ」と言った。
金髪白人はさっき渡したお札を数えている。それから転げているドラム缶に座って煙草を吸い始めた。黒人は金髪白人に何か言ってから、美里の方を見て好色そうな笑みをした。
それからいきなり、美里の顔を殴りつけた。
頭にずんっと重い響きが走った。美里はバッグを持ったまま横倒しに倒れた。口の中が切れたのだろう、しょっぱさが広がった。
顔を上げるとかちゃかちゃと音がしていて、黒人がズボンのベルトを外している所だった。金髪白人はにやにやしながらこっちを眺めている。
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