第28話

 美里はホテルの玄関から去って行く二人を見送った。

 リズは大はしゃぎで、藤堂の腕にまとわりつている。藤堂は背が高いのでリズのような大柄な外人女性と並んでもナイスカップルだ。

 理解ある新妻を演じてしまったせいで一人暇になってしまった。

 外出する用意で出てきたので、美里はそのまま一人で街を観光する事にした。

 昨日ふいにアイスピックを使ってしまったので、手持ちの武器がない。

 武器がないというのは非常に不安なものだ。

 何か買わなくちゃ。刃物か何か。最悪、カッターでもいい。

 何か手にしていないと不安だ。

 昨日のアメリカ人の売り上げ、五千ドルを藤堂にもらったのでお金はある。

 全額ではないが、少し財布に入れて来た。これで何か武器が買える。

趣味の事に時間を使うのは一人がいいので、リズの登場は好都合だったかもしれない。


 今日もいいお天気で観光客があふれている。

「日本円。使える」と書いてる店があった。

 そこの売り子の少年が、「イチマンエン、ツカエル」と呼びかけてきた。

 無視して早足で通り過ぎる。また「日本人、ケチデスネー」と言われたら適わない。

 また殺してしまうかもしれない。いや、絶対殺す。

 通りを散策して、角を曲がったところに魅力的な店があった。

 美里はその店に入った。



 その店はいわゆる金物屋のような感じだった。地元民が来る店なのだろう。

 積み上げて下のほうには何が置いてあるか分からない雑貨や、ナベ、やかん、ホース、釘、バケツ、何故かラップとか紙皿とかのキッチン用品もある。

 目をひいたのは、汚れたショーウインドウの中に置いてある、釘打ち機だった。

 この間見たホラー映画で、悪霊に取り憑かれた女性が釘打ち機で恋人を滅多打ちにしていたシーンがあった。結構な飛距離があり、大きな釘だった。被害者の身体は痙攣しながら釘だらけになっていった。

 演技だろうけど、まさしく美里はそのシーンに釘付けだったわけだ。

 欲しいなぁと思って眺めていたら、店主のような男が出てきて、美里の視線の先の釘打ち機の箱を指して、「二千ドル」と言った。

 美里は目を大きく見開いて、にっこり笑い、

「ぼってんじゃねえぞ、おっさん」と、もちろん日本語で言ってみた。

 だいたい電気製品は日本製に限る。こんなとこで買った怪しげな電気製品なんて取り扱い説明書も英語だか、何語だか分からない言葉だ。壊れたって修理に持って来るわけにもいかないし。日本へ帰ったらちゃんとしたやつ買おう、と美里は思い「五百ドル」と言ってみた。

 もちろん、これくらいの英単語は知っている。

 言ってから、五百ドルでも高いわ、やっぱやめよう、と思ったら、店主がにっこり笑ってオッケーとか何とか言ったので、残念ながら商談が成立してしまった。

 使い古したようなビニール袋に釘打ち機の入った箱と釘を入れて差しだされたので、しょうがなくドルを払った。

 あの無礼なアメリカ人が釘打ち機になりました!

 

 ビニール袋を下げて店を出て、またぶらぶらと歩く。

 もちろん釘打ち機はコードレスで、充電式電池で動く。どれだけの性能かは怪しいものだが、一回でも動けばいいか、という感じだ。

 もう満足だった。ブランド品の店も、青い海も、上天気も、陽気なハワイアンも、無礼なアメリカ人も、すべて消化してしまった。

 ホテルへ戻って充電器で充電しながら藤堂を待つ。

 ぶらぶらと散策しているうちにもう昼が近かった。

「お腹すいたなぁ」

 だが待てど暮らせど藤堂は戻ってこなかった。

 英語が出来ないから一人では食事も行けない。ここで餓死するまで美里は藤堂を待つしかなかった。

 しょうがないので、充電の完了した釘打ち機を持ってみた。重量は二キロほどはありそうだ。割と重い。結構難しそうだ。コンパクトなんだけどね。

 もちろん日曜大工道具としては使いやすそうだ。そりゃ、そうだ。大工道具である。

 こんな物を持って歩いていたら、目立ってしょうがない。

 美里は重量級の武器が好きだ。ハンマーなど、五キロくらいならなんとか振り回せるが、持ち歩くのは危険だ。

 しかし、いつやってくるか分からない危険よりも空腹をどうにかする方が先だった。

 藤堂は戻ってこないし、時計はもう昼の一時を過ぎた。

 空腹は人を凶暴化させるのだ。

「あー、もう、限界」

 美里は手提げ袋に財布と釘打ち機を入れてまたホテルを出た。

 人気のない浜辺ででも釘打ち機の威力を試してみようかと思ったからだ。


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