第27話
藤堂が手を差しだしたので、美里はその手を握った。夜の風にふかれながら美里達は手をつないで歩いた。ホテルまではすぐ近くだが、二人は賑やかな通りをゆっくりと楽しんだ。
「こんな南国で暮らすのもいいかも」
と言うと、藤堂は振り返って、
「そうだなぁ。でも新店舗建てちゃったし」
と言った。
「いや……そんな、真剣に答えなくても……でも、無理かな。今日の一件でアメリカ人が嫌いになったし」
「君が移住したら、ここに住むアメリカ人種の絶滅危機だね」
「絶滅危機って……」
藤堂がにやにやとした。
「でも今日のやつは殺されても文句は言えないわ。そうでしょ? 日本人、ケチデスネーって言ったのよ?」
「殺されても文句は言えないって……殺しといて」
と藤堂が小声言ったので、美里は藤堂をきっと睨んだ。
藤堂がはははっと笑って、
「君のその顔好きだな」と言った。
「え?」
「こんな事を言うとアレだけど、元はと言えばるりかをやった後の君の顔に一目惚れさ。市長の息子の時も、今日も。趣味を楽しんだ後の君が一番そそる」
「変態」
と言うと、藤堂はまたはははっと笑ってから美里を引き寄せた。往来であるのにもかかわらず、美里をぎゅっと抱きしめた。
だが藤堂の言い分は分かる。美里も藤堂が一番格好いいと思うのは、厨房で甘いお菓子を作っている時だから。材料は何にせよだ。誰もいない深夜の厨房をこっそりのぞきに行くと、ガラスの器に目玉が入っていようとも、だ。うっかり手が滑ってスプーンですくいそこねた目玉を落として、踏んづけてしまって、「やべえ」とかつぶやいてる藤堂も可愛いし、と美里は思った。
初日の出だしは最悪でも終わりはなかなか良かった。
翌日も朝の目覚めも気持ちよかったし、窓の外は真っ青な空で上天気だった。
だが美里が目覚めた時、すでに藤堂は起きていて、電話でしゃべっていた。もちろん英語なので美里には分からないのだが、相手には拒否しているような感じだった。
それを寝ぼけた頭でぼーっと見ていたが、美里に気づいた藤堂ががちゃっと電話を切ってしまった。
「何かあったの?」
「いや、ボブが今日も来てくれ、ついでに何かデザート作ってくれって言うから、断った」
「へえ」
美里は起き上がり、身支度をした。
今日はトロリーバスに乗って島を回るとかそういう予定だったはずだ。
ホテルのレストランで朝食を取っていると、
「トードー!」
と声がした。
藤堂がレストランの入り口を見て、少しだけ固まっている。振り返ると素晴らしくグラマーな外人女性が手を振り振りやってくるのが見えた。大柄で巨乳だ。大きな花柄のサマードレスを着ている。すらっとした手足は小麦色に焼けて、輝くブロンドがくるくると揺らめいている。
身近に外人の知り合いがいないので、誰を見ても女優さんみたいだなぁ、と思う。
「リズ」
と藤堂が言った。
リズはすたすたと美里達のテーブルにやってきて、一方的にしゃべり出した。
途中で藤堂が美里を紹介したような感じだったのだが、リズは美里をちらっと見てからぷいっとあからさまに顔を背けた。
「リズはボブとメアリーの一人娘なんだ」
と藤堂が美里に説明した。
「へえ」
赤鬼……いや、ボブは確かにそこそこだが、メアリーはキュートな女性だった。きっと若い頃は美人だったんだろうと思う。リズが美人なのもうなずける。
リズは藤堂の隣の椅子に座って、甘えるように藤堂の腕にしなだれかかった。
む。ちょ、一応新婚なんですけど。それともアメリカ人ってやつはこれはただのフレンドリーな仕草なのよって言うつもりなの? と美里は腹の中で考えた。
リズは一生懸命藤堂に何かをお願いしているようだった。
「何て言ってるの?」と聞くと、
「店に来てデザートを作れって言うんだよ」
と困った風な顔で藤堂が言った。
「ふううん、お目当てはデザートだけなの?」
と言うと、とたんに藤堂がにやっと笑って、
「やきもち? 嬉しいんだけど」と言った。
「べーつーにー」
藤堂はリズに向かって首を振って何かを言ってるので、断っているのだろう。だが、リズが承知しない。ぶんぶんとかぶりを振って、しつこくおねだりしている感じだ。
「行ってあげたら? トロリーバスで観光はしなくてもいいわ。藤堂のデザートを食べる機会なんてないんでしょう?」
と余裕のあるところを見せる。
ちなみに、美里はまだ藤堂の事を藤堂と呼んでいる。
「それは……そうだけど」
「私は部屋でゆっくりするか、プールで泳ぐかするわ」
「君も一緒に行くっていう選択は?」
「パス。だって、どうせアレでしょ?」
昨日の無礼なアメリカ人がデザートになるところなんて興味もなければ見たくもない。
「それに昨日はボブのおかげで助かったし、作ってあげたらいいわ」
「じゃあ、昼には戻るよ」
藤堂がリズにOKを出したらしく、リズは両手を巨乳に当てて喜んだが、新婚旅行中の夫を快く送り出した美里には感謝を述べるつもりはないらしい。
というか、美里はリズの眼中には一ミリも入っていないようだ。
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