第26話
「……見ない方がいいなら、教えないでください!」
「聞くから」
「……」
「さて、出ようか」
「ええ」
美里はほっとして、バッグを取り上げてから立ち上がった。藤堂が財布を出しながらカウンターの方に行く。美里は入り口の方へ向かおうとした。だが、がっと背後から腕を掴まれた。
「な、何」
振り返ると、血のしたたるレアのステーキを食べている客だった。
血で汚れた口で美里ににやっと笑いかけた。
「何なの?」
その客は美里達のいたテーブルを指した。
「忘れ物ですよ」とでも言っていたのだろう。
アイスピックをテーブルの上に置きっぱなしだった。
「ああ、どうも。サンキュー……サンキュー」
とだけ言って美里はそれを手にしたが、
「よかったら、差し上げるわ」と言ってみた。
あんな無礼な男の心臓にささった物なんて触りたくもない。
この人もこんなのもらっても困るかしらね。と、美里は思ったが、
「ブラボー!」
と客は言って立ち上がった。
美里とアイスピックを指さしながら、何かを早口で叫んだ。
すると黙って食事していた他の客が立ち上がり、言い合いになってしまった。
「な、何なの」
他の客がポケットから財布を出した。くしゃくしゃの札を出して、アイスピックを手にした男に差しだす。男は首を振る。また他の客も札束を差しだす。それにも首を振る。
断られた男が美里に詰め寄る。全く持って何を言ってるのか分からない。
「分からないって言ってるじゃん。何なのよ」
そこへ鋭い声が仲裁に入ったので、店の中はしーんとなった。
出てきたのはメアリーで、客達はメアリーに怒られて渋々椅子に座った。
「君の武器を手にした男は光栄だって言ってるし、他の客は自分も欲しいと奪い合いになってるんだ」
と藤堂が言った。
「武器が欲しいの?」
「そうだよ。ハンターの武器を集めてる食人鬼マニアもいるしね」
「ええ~?」
美里は思いっきり顔をしかめたと思う。
「ハンターの武器をコレクションして、それを眺めながら、ハンターの仕留めた獲物を食す、のが贅沢っていうか」
「悪趣味ね」
「はははっ」と藤堂が笑った。
他の客も少しほぐれたのか、つられて笑う。
アイスピックを手にした男は満足そうに広げた真っ白いナプキンの上にそっと置いた。
他の客からは羨望のまなざしだ。言い合いをしていた客が落ち着いた様子で美里に何か言い、藤堂を見た。藤堂は、
「いらない武器が出来たら売ってくれって言ってるんだよ」
と通訳してくれた。
「え~そんな事言われても。いらない武器もない事もないけど、日本から送ったら送料がばかにならないでしょう?」
半ば冗談でそう言ったのだが、
「着払いでいいって」と藤堂が言った。
その客はカードいれから名刺を出して藤堂に渡した。
藤堂と何か会話してから、美里の手を両手で握って何度も握手された。
藤堂が赤鬼とメアリーに何か言ったので、美里もごちそうさまでした、と言い軽く会釈して店を出た。赤鬼とメアリーとアイスピックの客と名刺の客までが店の外まで来て、見送ってくれた。
夜風が気持ちよく、アルコールで火照った肌を優しく冷ましてくれる。
「おいしかったわね」
と美里が藤堂に言うと、
「ああ、儲かったしね」
と言った。
「ええ?!」
「あのアメリカ人、五千ドルになったよ」
「う、売ったの?」
「いいって言ったんだけど、こっちも窮地を助けてもらったんだし。でも、それじゃ、商売にならないって、ボブもそれをまた客に売って商売してるからって」
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