第16話
翌日から美里は忙しかった。
図書館へ通い、藤堂の妹の記事を探したり、新たな武器を調達したり、美奈子やパートの人達から、情報を集めたりしたからだ。
もちろん、藤堂の期待通りにしてあげるためだ。
もっと早く打ち明けてくれればよかったのに。
今までみたいに趣味を堪能したいが為に引っ越しを繰り返すのは少々嫌になっていた。 この街には人肉シェフにパティシエまでそろっているのだから、後始末は簡単だ。るりかのように髪の毛一筋も見つからないに違いない。
彼らをそんなに簡単に信じていいのかって?
人肉シェフに出会うのは初めてではない。笹本のように店を開いてという大がかりなシェフはそうそういないが、ああいう嗜好の人はわりといるものだ。自宅でひっそりと料理を楽しむ程度だが。
美里のような殺人鬼も希ではなく、匠な人も、素人もいる。
そして、殺人鬼は食さないが、人肉シェフは殺さない、というのもよくある話だ。
藤堂の妹は藤堂由美といい、るりかと同級生で生きていれば三十歳になる。
死因は絞殺、発見場所は街の中央にあり象徴でもある小さな山の中腹の公園のトイレ。
怪しげな車に連れ込まれ、暴行を受けた上に絞殺され放置された。早朝の犬の散歩の老人が発見後警察へ通報。犯人はまだ捕まっていない。
が、犯人の特定はされている。毎週土曜日の夜には必ず黒いミニバンが山を猛スピードで走りあがっていくのだ。窓には黒いスモーク、べたべたに下げた車高。ぴかぴかで傷一つない綺麗な車体。その派手な車に由美さんが連れ込まれるのを見たという目撃情報があったらしい。
美奈子が唾を飛ばして熱心に語ってくれた内容によると、その車の持ち主は市長の一人息子。高校卒業後、働きもせずにふらふらと遊んで暮らしているらしい。
市長の息子とはいえ犯人が一般市民に知れ渡っているに逮捕にもならないなんて酷すぎる。だが、美奈子が言うには、
「市長の力はこの街全体をカバーするほど大きいの。一族が大きいから。主立った企業はすべて市長の一族がからんでるし、政治家もそう。もちろん警察だって抱き込んでるわ。うちの旦那のお義父さんやお義母さんだって頭があがらないの。うちだって昔からある家柄みたいなのにね。証拠なんてすぐに握りつぶされて無罪放免よ。でも人の口に戸は立てられないじゃない? みんな、あの息子が怪しいって思ってるけど、こそこそと影で言うくらいしか出来ないのよ。え? ああ、あの交番のお巡りさん? 安田さんでしょ? オーナーの妹さんの後輩みたいだけどね、由美さんは高校の時にアイドルっていうか、マドンナみたいな存在だったのよ。安田さんは熱心な信者?みたいな感じ。追っかけてたんじゃない? おつきあい? そんなの、申し込む勇気なんてないんじゃないの? 暗い感じじゃない。それに笹本さん、知ってる? フランス料理のシェフの。そうそう、由美さんは笹本さんとつきあってたと思うけど。由美さんが亡くなってから、笹本さんの店に市長夫妻がよく来るようになって、笹本さんもはらわたが煮えくりかえってるんじゃないかな~と思ってたけど、今では常連みたいね。由美さん? 綺麗な人だったわよ。オーナーとよく似てる美男美女の兄妹で。そういえば、美里さん、オーナーとどうなってるの?」
こちらにお鉢が回ってきたので、美奈子からの情報収集はこれでおしまいにした。
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