第15話
なんちゃって。
すっかり悲劇のヒロイン気取りか。私。
正直な気持ち、藤堂の事は愛だの恋だのという感情はなかった。藤堂に限らず誰に対しても美里は恋愛感情なんて持たない。持てない。
恋なんかしたことがないというのが本当の所だ。
男性とつきあった事はあるが、それは恋ではない。人並みの生活を送る上での処置にすぎない。人並みに働き、人並みに彼氏がいて、人並みにオシャレをして、人並みな事に興味を持っていれば、目立たないからだ。
そうすれば美里は若い女の子の群れに隠れることができる。
この街へ来る前、美里は彼氏を探す適齢期の女の子だった。
適齢期の女の子は挑発的な服装を着てフェロモンをぷんぷん発しながら、街を歩く。
身体の線を強調して、あまり賢くないように、話の内容はブランド物の事かオシャレなカフェの事。夜の街で格好いい車の乗った低学歴の男を捕まえては、どこかへ消える。
その男は翌朝の新聞の片隅に変死体として報道される。
低学歴で定収入、セックスの事しか頭にない下品な男は狭い車の中で鼻息荒く粘着質な視線でにじり寄ってくる。ホテル代を払うのが惜しいのか、金がないのか、たいていは車の中ですまそうとする。
荒れた肌のニキビをぼりぼりとかきながら、美里を上から下まで見る。そして、女は強引にやられれば実は喜ぶというような伝説を信じ、ネットで集めた眉唾な情報を実践しようとする。
車の中で下着姿になれと言ったり、不潔そうな粗末な物を出してくわえろと脅してきたり、こちらがおとなしくしていると要求は際限なくエスカレートする。
もちろん偉そうに命令した時点で美里はすぐに行動に移すことにしている。
最初に目をつぶすだけだ。シャーペンでも、アイスピックでもいい。
自分の二本の指なら感触も楽しめる。尖った物で、狙いさえ外さなければいいのだ。
大音量でかかっている音楽が男の絶叫を隠してくれる。
狭い車内ではあまり身動きがとれないので、小さな武器が有効だ。通販で買ったメリケンサックで滅多打ちにしてやればすぐにおとなしくなる。滅多打ちは爽快感があるが、血で汚れるのが難だ。血液は洗っても落ちないしね。
家まで帰る道のりを考えると、血まみれになるのはなかなか実行に移すのが面倒だ。
頭蓋骨が割れて粉々になると、それまで伸びていた皮膚がぎゅっと収縮する。
そして破れた皮膚から脳みそや血がどろっとでる。
それを見るのが好きだ。破壊は楽しいが、力仕事だ。
その後の完成品を見るのがたまらない。黒い血もどろどろした脳みそも、砕けた骨も。
ぴくりとも動かなくなった時点で興味がなくなるので、ほんの一瞬のエクスタシーだ。
この一瞬の為に美里は破壊する。
美里は趣味を楽しむ事が一番熱心で、恋をする事にはあまり興味がない。身なりを整えるのは怪しまれない為の準備に過ぎない。誰だって綺麗な女の子の方が警戒は薄く、近づき安い。だから頻繁に美容院にも行くし、洋服にも気を遣う。
ジムへ行って身体を鍛えたり、主に使うのは日曜大工道具なので、週末にはそれを探しに出かけたり、ネットショッピングしたり。道具は使い捨てる。だから次々に新しい道具を探している。
しかし美里は藤堂にすっかり心奪われてしまった。
妹の敵をとりたいが為に殺人鬼に愛の告白をするなんて。
そしてその正体は人肉パティシエだなんて。
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