彼との過去

僕は自分で言うのもなんだけど、かなりのプレイボーイだった。いや、自慢じゃないさ。あのときのことを反省しているから、こうして真面目に働いているんだ。話を戻すけど、大学生くらいの僕は本当に人を選ばなかった。それこそ男も女も見境なく抱いてた。ちょっと、なんで離れていくんだ。更生したって言ったろ。まあ、そんなんだったからワンナイトも多くて、恋人どころかセフレにすらならない人もかなり居た。それでもキープも何人かいたんだ。そのうちの1人。ちなみに、男だよ。別に珍しいことじゃない。みんな普段から隠してるだけだよ。未だにそういう人たちとか、そういう関係って肩身が狭いから。

それはそうとして、とにかく、僕は彼と関係を持っていた。でもある日、彼が突然家に来て、泊まらせてくれ、なんて言うんだ。話を聞いたら、同棲していた男から追い出されたらしい。僕としては同棲するほどの人物がいることに驚いた。彼も僕と同じような、一途な愛など知らない半端者だと思っていた。なんとなく面白い話をしてくれそうだったから家に上げ、事情を聞くことにした。

「同棲って……本命か何か?」

彼は頷いた。

「本命がいるのに僕んとこ来ていろいろやってて良かったのかよ」

「そういう性癖だったんだ。誰かのものじゃないと興奮しないんだって」

どうりで、最中によくキスマークやら噛み跡やらを求めてきたわけだ。僕はマーキングは趣味じゃないが、痛みを堪えている割には嬉しそうだったから不思議だったんだ。

「…それに従うくらい、好きだったんだろ。何で追い出されてるんだよ」

「……浮気された」

気付いたら、ボロボロ涙を零していた。

「男じゃない。女とだ。結局、本気で想っていたのはオレだけだったんだ…っ」

「だからって、僕がお前を愛する訳じゃないだろ?ぶっちゃけ僕も、そいつと同類だと思うし…っ!?」

言葉を言いきらないうちに、押し倒されていた。

「……抱いて。いつもみたいに。…いや、いつもよりも激しく、全部忘れるくらい、めちゃくちゃにしてよ…!」

断る理由もなく、言われた通りめちゃくちゃにするように抱いた。

翌朝の彼の顔は、随分スッキリとしていた。こうして僕のはじめての同棲生活が始まった。

以前も聞いていたが、彼はバーテンダーとして働いており、その腕は料理にも精通しているらしかった。手際の良さは家事にもあらわれていて、自分の家なのに自分の仕事がなくなった。

「君は大学生だろ?なら学業に励まなくっちゃな。出来るだけサポートはするよ」

「…やりすぎ。ダメ人間製造機かよ」

「前はこれくらいやるのが普通だったから…」

しかも性欲処理までやると。これでネコじゃなけりゃ、女も放っておかないのに。ただでさえ整った顔立ちに、細身でスラッとした背。その上この性格だ。とんでもない奴を拾った気がする。彼が家にいるせいで、女を家に呼べないどころか、デート中も姿がチラついて集中出来なくなってしまった。彼自身は女性を呼ぶならどこかで時間を潰すから遠慮なく言ってくれ、とかぬかしてた。だが大学卒業も近付いてきて卒論を考えなくてはいけなくなったので、ある意味ではちょうど良かったのかもしれない。そんな言い訳を思いつくくらいには彼を重宝するようになっていた。僕の部屋は大して広くないけど、2人くらいならそれほど苦ではない。むしろ寂しさが紛れて心地いい。

そんな中、いつも昼間にはいた彼の姿を見かけなくなった。起きたら食事を用意しているのは変わらず、昼過ぎに帰ると居ない。職業が職業なので夜は基本帰ってこない。早くても日付は超えている。もちろん、何をしていようと勝手なので口を出す必要は無い。けど気になるのも事実で、つい聞いてしまった。

「最近、昼間もいないみたいだけど」

「うん、バイト増やしたんだ」

予想外の答えに少し思考が止まって、その後に疑問が脳裏を駆け巡る。

「なんで?」

「なんでって…早く出ていかないと、迷惑だろ。押しかけてそのまんまだし…」

「昼も夜も働いて、その上僕の身の回りも世話するなんて、いつか倒れちまう。もういいから、休めよ」

彼が皿洗いをしている肩をグイッと後ろに押して、空いたスペースに割り込むように入る。

「その言葉は嬉しいけど、恩返しみたいなものだから、やらせてくれないか。お金がたまったらすぐにでも出て行くから」

次の行動は、自分でもよく分かっていない。手持ち無沙汰になっている腕を強く掴んで、いつにもなく真剣な声を出した。

「出て行く必要ないだろ」

すぐに手は振り払われて、彼はどこか空を見ながら呟いた。辛そうだった。

「……その気がないくせに、期待させるなよ」

セリフを置いたまま出ていかれて、やっと我に返る。自分の行動の真意を自らが理解出来ないまま、その場に立ち尽くした。

しばらくは、お互いに顔を見れない日が続いた。それでも食事はきちんと用意され、洗濯も済んでいる。幽霊に家事をこなされているような、違和感しか無かった。

ある大学がない日に、女の子が訪ねてきた。なんとなく顔を覚えているかいないかという程度の関係。きっと過去に数回抱いたんだろう。

「久しぶり。近くまで来たから寄ってみたの。今日この後ヒマ?」

露出の高い服にキラキラしたメイクとアクセサリー。完全にその気だ。了承しようとして、彼の顔が浮かぶ。あの悲しそうな表情は一体なんだったんだろう。

「わりぃ、気分のらねーわ。また今度ね」

女の子は分かりやすくムッとして、ハッキリと大きな声で言った。

「なんで?本命でもできたの?」

そう、とも、違う、とも言えず、俯いて答えを探していると、少し隣からドサッという音がした。視線を向けると、少し疲労したように見える彼だった。僕と目が合うと、落ちたビニール袋をそのままに走り去る。咄嗟に追いかけていた。

見つけるのにそう時間はかからなかった。近くの公園のベンチで背を丸くして座っていた。

「急にどうしたんだよ」

「本命出来たなら、言ってくれれば良かったのに」

「何言ってんだよ」

肩を押して顔を上げさせて、やっと泣いていることに気付いた。

「……この気持ちが恋か違うのか分からないから、自分の中で整理がついてなかった」

「じゃあ、オレは何だ?オレは君の何になれてる?」

意味を理解するのに時間を要した。

「…君のことは頼りにしてる。でも、心配もしてる。ほっとけない。だから…」

「だから?だから、何?」

そうか、僕ははじめて彼に執着してる。

「……好き、なんだ」

次の言葉に迷ってるうちに、呆れるような笑いが鼓膜を震わせる。

「好きという言葉が、こんなにも痛いとは思わなかったよ」

「そっちは?君は僕をどう思ってるんだ?」

真っ赤に腫れた目で僕を見つめて、柔らかい微笑を浮かべた後、用意していたようなセリフを言った。

「…好きだよ」

「…帰ろうか」

重たそうな腰を上げて、引きずりがちに足を動かして、部屋へと戻る。落としたビニール袋がドアノブに引っかかっていたのは、あの子なりの気遣いってトコか。

この事件からそう日も経たないうちに、彼は出ていった。僕が止める隙もなく、気付いたら短い置き手紙と最後の食事だけ残されていた。

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