第10話 昼食、夕食
魔王の軍勢は今のところ魔王領にとどまっていて、サカクラ共和国の沿岸部に上陸しようと何度も攻撃を仕掛けているらしい。
そして勇者がサカクラ共和国の沿岸部に着いてからすぐのときにも、魔王軍からの攻撃があったらしい。
勇者は仲間とサカクラ共和国の軍と一緒にその攻撃を凌いだが、その時に、仲間の一人が死んでしまったらしい。
勇者はそれを悔やみ、一週間ほど部屋から出てくることがなく、ある日、部屋で倒れているのが見つかったらしい。
その後治療を行ったが、結局病床から立ち上がることはできず、町の病院で亡くなったという。
それから勇者の生前の意思を尊重し、街で火葬を行ったそうなのだが、燃やすときに紫がかったどす黒い煙が上がったらしい。
「この煙は、呪いによって死んだ人間の体から出るものなのです。」
というわけで、実は魔王の陣営の誰かが勇者を殺したのではないかという可能性が出てきたわけだ。
しかし、遺品や勇者の部屋にあった物はことごとく焼いてしまったし、部屋もきれいに掃除してしまったため、事実の検証もできないままに迷宮入りしてしまったということである。
「なぜ遺品を焼いてしまったんですか?」
「それも前回の勇者様の遺言だったそうです。自分の持っている道具の中には、この世界を危険に晒す可能性もある、と言っていたらしく。」
「それこそ呪われたものとかだったんじゃないですか?」
「それも分かりません。」
何も分からないな。これ以上は聞いても仕方が無いような気がする。
昼食は、ブロッコリーのポタージュと、柔らかいロールパン二つ、そしてベーコン一枚であった。
豪華絢爛な神殿に対しては驚くほど質素な食事だ。もちろん昨日の宴会での料理とも全く違う。
この差はどこから来るのだろうと教皇に聞くと、神殿の食堂の料理は、この町の教会管轄の孤児院と同じ場所で作っているからだという返事が来た。
各国の王や代表、そして勇者やその一行に対しては、おもてなしの意を込めて豪華な料理を出すが、教会の資金は全て民衆の寄付から成り立っている故、自分達の食事や生活は民衆と同じ水準にするという暗黙のルールがあるらしい。
ならばなぜ神殿はこんなに豪華なのかと訊くと、この神殿が作られたのが何百年も前のことだからという。
名もなき小さな教会が権威を示すためには、豪華な建物を持つ必要があったので、近隣住民の雇用の創出も兼ねて、数年がかりで建築したらしい。
「一石二鳥ですね。」
「その通りです、あの代の教皇は歴代最高の賢皇と言われています。他にも、色々な改革を成し遂げてますしね。」
一時の鐘が鳴り、教皇たちは仕事に戻るらしい。
昼食前からの続きだというから、エオスと計画の練り直しなどをするのだろう。
僕とミシェルは帰宅する。
神殿は上から見ると長方形をしていて、ちょうど各辺が東西南北の方を向くようになっている。
ちなみに南は赤い方の太陽が頂点に来るときの方角だ。青い方の太陽はやや不規則に動くから、方角としての基準としては定めづらいらしい。
僕らが初めに馬車から降りた場所が、神殿の南の辺のすぐ近くである。
そこからすぐ北に進んだところに例の会議室兼宴会場があり、宴会場からは北に進むとすぐに食堂、さらに東の方に何分か進んだところに僕達の借家がある。
さて、家に帰ったところで僕は図面を書く作業を続け、四時間ほど経ったところでレオたち三人が訓練所から帰宅して、さらに一時間ほど経って町に行っていたエリックとヒサコ先生が帰宅。同じくらいの時間に、両手に夕食を抱えたエオスも帰宅した。
家の一階の共有スペースにある大きなテーブルで、みんなで夕食を食べる。
情報共有も兼ねて、雑談をしながら夕食を食べるのだろうと思うが、とりあえず、黙って話の流れを見ておこう。。
鶏肉の塩焼きのようなものを大皿から取りつつ、レオが無難な話題から話し始める。
「今日はどうだった?」
「知ってると思うけど、町に行ってきたよ。町は、…まあ私達の世界と全くかけ離れてるところはほとんどなかったね。ねえエリックくん。」
「本当に。ギルドや屋台の居酒屋みたいなものは見当たらなかったし、僕らの町よりは小綺麗な感じだったけど、大まかに見ると、全然違うっていう印象を受ける場所はなかったね。」
ヒサコ先生とエリックが言う。
馬車から見たところ、確かに僕も、綺麗な町だなという印象は受けた
町が綺麗なのはいいな。僕も是非行ってみたい。
「あ、じゃあ私ね。私は神殿の事務棟に行ってきたわ。というか、その中の一室ね。見た目はあの会議室を小さくした感じで、四角形だったわ。三面の壁が書類入れで、それで…真ん中に大きな世界地図が置いてあったわ。」
「へえ、魔王討伐の作戦もそこで立てたのかな。」
「多分そうね。今日は私も手伝わせてもらったし。」
「神殿の人達の印象は?」
「うーん、そこにいた人はみんな基本的には優しかったけど、何人か、やたら堅苦しい人がいたわね。」
神殿とか神官とかというと、全員とは言わなくとも九割方堅苦しいものだと思っていたが、案外そんなこともないらしい。
確かに教皇も、昼間に会ったパイロンさんも気さくな感じだった。
教会とはいっても、戒律やなんかがひどく厳しいわけでもないのだろう。
「ハウエルとミシェルは今日、何かあった?」
「エオスに誘われて食堂に行ったわ。ハウエルもくん一緒に。そのくらいかしらね。レオくんたち三人はどうだったの?」
「朝も言ったと思うけど、訓練場に行っていた。ハイトやテオはよく戦っていたが、神殿の騎士は強かった。一回剣を振っただけで、付け焼き刃の技術だと見透かされたよ。」
「俺はそこらの騎士には負けそうになかったが、団長だけは別格だったな。慣れない木刀だったのもあるが、俺の剣が全く当たらなかった。」
「確かに、儂の魔法が届かないような相手は久しぶりじゃった。あいつは速すぎる。世界最速のソニックウサギすらも追いつけないかもしれん。」
世界最速のソニックウサギか。
ソニックウサギというのは、ウサギを走らせてその速さを競う賭け事のことだ。運聖会が盛んに研究している対象でもある。
世界最速のソニックウサギというのは、その競技の中で、五年間一度も勝ちを譲らなかったウサギのことだったはずだ。確か四十年ほど前に、既に亡くなっている。
その頃の運聖会の会長が幼少期から飼っていたウサギで、何十年も会長本人が餌をあげていたということで、会長の運が速さに影響していたのではないかと言われている。
運が生物にも作用することの実例として有名な話だ。
四百メートルを一秒と少しで走りきり、レーススタートの瞬間、号砲が二発鳴ったように聞こえたらしい。
ちなみに世界二位のソニックウサギは四百メートルを約二十五秒で走る。
「そんなに速かったら、むしろ身体が危ないんじゃないの。」
「だよな。エオスもそう思うよな。」
「魔法のような残滓は感じたんじゃが、この世界の魔法は儂らのものとはちょいと異なっているからな。はっきりとは分からんかった。ミシェルはどう思いますかの?」
「その場にいたわけではないから何とも言えないけれど、魔法を使えば、私にも出来ないことは無いかしらね。もちろん、記録聖会の秘術を使っての話だけど。」
テオは納得したように頷いている。
僕もレオから話を振られ、タイミングも丁度いいので、日中に考えていたことについて話すことにする。
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