第8話 宴会
エリックと話していたランダシア帝国の皇帝、ヨールが僕の方に向かってくる。
遠くからこちらを見ているだけで重圧を感じる、筋肉質な巨体といった印象の男だ。
僕は萎縮しつつ、ライオンの前の猫のごとく一歩も動かずにヨールと向き合う。
こんな人と、飄々と会話できるエリックが羨ましいな。
「鍛冶師、ハウエルだな。」
「はい。」
ヨールに名前を確認され、肯定する。これだけでもう心が折れそうだ。
重圧が凄すぎて全く動けず、足の震えさえ起きない。
「鍛冶師にしては細いな。まるで骨と皮だ。本当にそれで鉄が打てるのか不安だな。」
「すいません。」
「否定しないのか。ますます心配だ。」
事実は否定できない。
「もしかしてお前、俺が威圧しているわけでもないのに、足がすくんで動けないのか?」
「……」
否定は出来ないし、肯定も出来ないのであれば、無言になるしかない。
「がっかりだ。さっきのエリックとやらは随分と気骨のあるやつだと思ったが、所詮は非戦闘員か。」
「確かに、僕は力が無いので、正々堂々とあなたに勝つことはできません…」
「なんだ。五文字以上の言葉も喋れたんだな。だが、正々堂々と勝てないやつは、どうやっても俺には勝てない。」
「そうですか。」
悔しかったので言い返してみたが、相手には全く響かなかったらしい。
もしこの人が敵だったら侮ってくれてありがたい限りだが、残念なことに味方なんだよな。しかも、一番頼りになりそうな味方の一人という悲しさ。
「どうもどうも。」
後ろから話しかけてきたのは
三大国家(と僕が勝手に名付けた)の代表のうちで一番よく分からない相手である。
クリムのリドリック一世はおそらく政治力と経済力、さっきのヨールは威厳をもって帝国を治めているのだろうと思うが、サイトウミノルは何で国の代表まで成り上がってきたのか全く分からない。
こういうのは素直に聞いてしまっていいのだろうか。
「初めまして。鍛冶師のハウエルです。」
「どうもサイトウと申します。今後とも宜しく。」
サイトウ。そう名乗ったということはサイトウミノルはサイトウ・ミノルということになるのか。
握手を求められるので、手を差し出し返す。
「この世界は如何ですか?あなたの世界とは色々と違うところもあると思いますが、そういうときは気軽に周りに訊いて下さいね。」
「はい。」
「私なんかもこの大陸の出身では無いですから、初めてこの辺に来たときは随分と苦労しまして、言語の問題は事前の練習でどうにかなるのですが、文化の違いやなんかはやっぱりその場に行って人と触れ合って見なければ分からないものですので。」
「そうですか。」
「そういえば少し気になったんですが、あなた方は言語の問題はどうされているんですか?先程のヨールさんとの会話ではランダシア語を使いこなしているし、私との会話ではスラスラと和語が出てくる。あ、和語というのは私の国の公用語のことです。はい。」
「特に何の問題もなく何を言っているか分かるし、喋るときも普通に喋っていて…」
「なるほどそれは随分と便利なことですね。私もそういう力が欲しかった。外国語をいちいち学ばなければいけない人としてはあなた方が羨ましい限りです。」
「そうですかね。」
「そうですそうです。まったくその認識の無さが憎いくらいです。今は外国語教育も発展してきて自国にいるだけでも十分にランダシア語やクリム語を学ぶことが出来ますが、やはりエウクレイア語のようなあまり使う場面のない言語は習得できる機会も限られているので、不自由なくどんな言語も喋れる能力というのはとても羨ましい。と、ふと思い出しましたが教会の外でエウクレイアのアウレリウスさんとお話しされていましたよね。おそらくエウクレイア語を使って話しておられたとは思うのですが、どのような話をされていたんですか?とても気になるので良ければ聞かせていただきたい。」
「ただ、普通に雑談ですよ。」
「なるほど雑談ですか。雑談というのは、やはり自己紹介かそのあたりでしょうかね。会議中ににこやかに挨拶をし合っていたのでもしかしたら転移前からの知り合いなのかなとも思いましたが、そんなこともない感じですか?」
「はい。初対面でしたね。」
「初対面ですか。なるほど。あなたもアウレリウスさんもとても気さくに話していたので、とてもそうは思えませんでした。それにアウレリウスさんは半神半人の身ですから、もしかすると異世界と交信する手段でも持っているのかと邪推してしまいまして…。私の考えすぎだったようです。」
「そうですね。」
「そうでしたか。いやあ、ありがとうございます。すいません私ばかり話をしてしまって。もう少しハウエルさんの話を聞いていたいのですが、時間も限られていて、他の方とも一応話をしておきたいので、このへんで失礼しますね。ではまた、今後とも宜しくお願いします。」
「分かりました。宜しくお願いします。」
またこれはこれでクセが強い人だ。良いように表現するなら、話し上手な人だな。
話し上手…君主の類になるにはまったく役に立たなさそうな才能だと思うし、多分他に何か秀でたものがあるんだろう。
やっと自由な時間が出来たので、何か珍しいものでもないかと円卓の大皿を物色しようと歩き出すと、ちょうど横から出て来た人にぶつかった。
「おっと。今ちょうど話しかけようとしたところだったのだ。ぶつかってしまってすまない。」
「僕の方こそ。リドリック一世…閣下ですよね。」
「正確には閣下ではなく陛下なのだが、勇者方の一人にそう呼ばれる権利もあるまい。会議のときにも聞いたとは思うが、クリム帝国のリドリックだ。」
存じてる。
「君はこれから忙しくなるだろう。私も忙しい身だ。話をする機会も滅多に無かろうかと思ってな。勇者方一行とはこの宴会で一言づつは話しておこうと思っておる。」
「今までは誰と話して来たんですか?」
「君以外の皆と話したよ。やはり勇者方一行は素晴らしい方が多く、礼儀正しい上に落ち着いていて気品がある。」
「そうですかね。猫を被っているのかもしれません。」
「猫を被るのもまた立派な礼儀だ。しかし、エリック氏だけはいかんともし難く。」
「まあ彼のことは僕も未だによくわかりません。ところで、ヒサコ先生はいかがでしたか?なかなか接するのは難しいかなと僕は思いますが。」
「ハヤマ氏か。彼女は、私の娘の小さかった頃を思い出させるな。はしゃいではいるが、節度は理解している。」
「そんなもんですかね。」
「君はもしかすると仲間のことをもっとよく見たほうがいいかもしれない。それとも、まだ接し始めてから日が浅いのかね?」
「実はそうなんですよ。勇者一行として選ばれたのも、ほんの一ヶ月ほど前の話で。」
「なるほど。しかし人見知りは良くないぞ。先程から見ていたが、自分から話しかけに行かねば、生まれるコネクションも生まれない。」
一国の王に小言を言われるとは。思ってもみなかった。
しかし実際のところ、コミュニケーションに困っている気はそんなにしないんだよな。
工作聖会の人なんてオタクか職人か、いずれにせよ熱中している間は一言も喋らないどころか、話しかけるとキレたりする人もいるから、むしろあまり話さない人のほうが上手くやっていけたんだが、まあ場所が違えば考えも違うということなんだろう。
「聞いておるのかね。」
「なんか、先生みたいですね。」
「よく分かったな。私は皇族ではあるのだが、教師をやっていた時期があってな。将来性のある若者を見るとつい口煩くなってしまうのだ。」
「もう若くもないのですが。」
「見たところまだ二十代であろう。まだまだ未来は明るい。では私はこのへんで失礼しよう。そろそろ宴会も終わる。」
リドリック一世が去ったので、周りを見回すと、ちらほらと各国代表が帰り始めている。レオたちも暇になったのか、集まって雑談しているようだ。
あれこれしている間にかなりの時間が経ってしまったらしい。
今から誰かと話すのも難しいと思い、僕もその輪に交じろうとそちらに向かう。
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